岡本 吏郎

岡本 吏郎(おかもと しろう)

経営コンサルタント、税理士。
1961年・新潟県生まれ。明治大学卒業後、10年間の金融機関勤務を経て独立。現在、戦略的財務から経営戦略、マーケティング、債務対策まで幅広く指導する経営コンサルタントとして活躍中。株式会社ビジネスサポートあうん代表取締役。

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TAROの日記

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2012/02
02
木曜日

[TAROの日記]

難民?

青森では、雪のせいで100台以上の車が国道で立ち往生というニュース。そういう深刻な状況とは別次元で、昨日、難民が47万人(?)発生したらしい。

難民の正体は、東京事変のラストライブのチケットが手に入らない人たち。
昨日の抽選後、オークションには大量のチケットがアップされているけど、価格はあっという間に5万円台を超えた。
このチケット、23日まで席が立ち見になるかどうかもわからないものというのに、とんでもないことである。
もちろん、嵐には、まったく負けてはいるし、これ以上のことも過去には起きているけど、やっぱり凄い。
私は、これから価格がどれくらい跳ね上がるのか・・が楽しみで時々画面を眺めている。

ちなみに、私は、14日の横浜アリーナと29日の武道館の千秋楽を確保!!
さらに、長女が28日の武道館を確保している。
難民が47万人いるなかで、我が家にはチケットが6枚。毎度のことだが、世の中は、なんでも隔たるものだ。

窓を見ると、雪も隔たっている。
最早、じっと耐えるしかない状況。
早く春が来ないかな〜と思いつつ、とりあえず、春の入り口のチケットは手に入れているので、じっと待つのであった。

投稿者 awn : 07:35 | コメント (0) | トラックバック (0)
2012/01
31
火曜日

[TAROの日記]

本日も、雪をネタに・・

雪が殺人的レベルに突入した。
日曜日に、全部対応しておいて良かった。
「もう降らない・・」などと都合の良いことを考えて労働をおしんだら、えらいことになっていた。危ない、危ない。

今日は、スタッフのうちの2人が、仕事を休んで雪下ろしをするそうだ。
私と逆に、日曜日に対応しないで、甘めに対処した結果かな?

雪は、禍に似ている。
少しずつ積もる。
途中までは何でもない。
しかし、積もり続けると、どこかで閾値を超える。
そこからは、対応が遅いと、災害レベルになる。

非常にシンプルな世の中の型が、目の前で見ることができるのだ。

本日、雪下ろしをするスタッフのうちの一人が家を建てた場所は、雪が吹きだまりになる有名な場所だ。
彼は、そんなことを知らずに家を建てたが、私は、あの場所を地元の中堅不動産屋が造成を始めた時、その行動を疑った。
その場所は、私が父の猟のテコとして一緒に深い雪の中を歩いた思い出の場所。雪の深さと量が急激に変わる独特な状況に苦しんだものだ。
その場所には、今、家同士が密着して立っている。
あの場所の冬の特徴を知っている者には、信じられない光景だ。

幸い、造成をしてから暖冬が続いた。
1970年代~80年代の頃の大雪を経験せずに、住民は住むことができた。
しかし、そんな幸福は必ず終わる。

場所の特徴は変わらない。
たまたま状況が良かっただけだから、それは禍が留保されただけである。
住人達は、「今年は酷い・・」と思うだろうが、本当は、その場所が酷いのだ。

この状況、笑えない。
そこらじゅうにある光景だ。

私が、なんだかんだといって雪が好きなのは、こんなところにあるのかもしれない・・。

投稿者 awn : 08:51 | コメント (0) | トラックバック (0)
2012/01
30
月曜日

[TAROの日記]

いつも同じようなことばかり言ってるけど、雪凄すぎ・・。

しかしだよ・・。
やっぱり凄い!!

昨日時点で、こんな感じ ↓

土曜日に、東京から帰ったら、女と子供しかいない我が家の周囲はパニック状態。
雪国に住んでいるというのに、女と子供では危険の想定がまったくできないようで、各所が放置状態。正直、腹が立ったけど、出張しているこっちも悪い。そんなわけで、黙々と、雪掘り。
それでも、息子が手伝ってくれるようになったのが、救いでござんした。

日曜日も半日雪掘り。
雪国の住人は、こうしてお金にならないことに、時間と体力を使う。

ただ、嫌いではない。
そういうのもあっていいじゃない。
雪掘りを終えた後の雪に囲まれた我が家で、静かに過ごすのも、副交感神経にいい。
この感じは、晴天の太平洋側では絶対に味わえないのだ!!
日本人の中には、この感覚を知らない人もいるわけで、かわいそうに・・と思う。

これで、冬は、雪掘りだけしているだけでいい・・というならいいんだけどね・・。
さて、今日はガンガン働きますかね・・。

投稿者 awn : 08:56 | コメント (0) | トラックバック (0)
2012/01
24
火曜日

[TAROの日記]

続くもの

崎村さんの昨日のコメントを見て、「なるほどなー」と思った。

(崎村さんのコメント)
これは2007年に岡本さんのセミナーに参加した時の話。 セミナーの合間に趣味の話になった時、参加者の一人が「若い時は色々好きでやってた事もあったけど、今は仕事以外、時間があっても何もする事が思い浮かばない」と言った言葉 に岡本さんは「それは貴方が自分自身で、それらの苗木を切っちゃったからじゃあないですか?」と答えていました。 確かに『切ってはいけないもの』のお陰で、予期しなかった『風穴』が開いてしまうことがありますよね。

昨日の「風穴」の話は、これが前提だよな・・・。
私は、人生を「私」を中心に伸びていく"根"の絡まったもの・・と考えていて、余程の事がない限り、"根"は切らないと決めている。そのために、子供の頃からの趣味でさえ、今も現役。もちろん、やれなかった時もあるけど、完全にやめるということはない。
こういう前提のある男の昨日の発言なのだな・・・。なるほど、なるほど。
自分の昔の発言を他者を通して聞き、それで自己確認・・というのは悪くない。

さて、世の中の全般的な雰囲気は、こうした私の気分とは逆にある。

「新しいもの」
これが世の中の注目だ。

これとは、逆に、私の注目は、
「続くもの」

※この件については、将来、ニュースレターで本質的なことを書きます。


たまたまだけど、昨日、妻とこの件に関連する会話をした。
今日から私が再び出張のため、妻は言った。
「そろそろ、体力も落ちてるし、なんとかしたら・・」

私の返答は、
「自分からは止めない」
「続けろ・・という声がある限りは続けるのが心情」

気分は、完全に談志である。
私が、談志のようにギリギリまで高座に立つかはわからない。
落語家ならば、散る様子も芸。それに、時々、化学反応もある。
実務家にはそれは無理なので、去り際はある。

趣味も同様で、止めるときは来るだろう。
いつまでも、ジャンプしながらギターは弾けないし、だんだん、指も頭も回らなくなれば、適当なクリシェしかできなくなるだろう(そもそも、すでに、暗譜は無理)。

でも、続けないと「風穴」は開かない。
晩年談志が奇跡を起こしたように、時々来る「風穴」こそが価値なんだから、まー、情けなくても続けるが一番と思う。

まだまだ、忙しい日々が続く・・。

追伸
明後日は、ギター買いに行くぞ〜

投稿者 awn : 08:28 | コメント (0) | トラックバック (0)
2012/01
23
月曜日

[TAROの日記]

昔の種と今の私

「風穴」は、ひょんなところから開く・・・のか、それとも予定されているのか?

この疑問は、人生をやっていると、よく感じることだ。
そして、精神世界大嫌い人間の私でも、おそらく、ひょんなところから・・というのは現象であって、予定されているらしい・・と毎度感じる。

最近、開いた「風穴」で言えば、予定のスイッチが入ったのは、7年前または、22年前あたりだと思う。
開くまで時間はかかるけど、ひょんなところから開いてしまって、それは予定されていたのだ。

ところで、今、私の身に起きた「風穴」は、遊び関係である。毎度、毎度のギターである。
先週、バンドを遊びでやることになる。どうして、バンドがはじまってしまったかは、もういい加減で、それこそ、ひょんなところからである。そして、そんなものだから、やった曲も、初見でできるような曲ばかり。私たちは、まったく練習もしないで集まった。

ところが、それがきっかけになって、この土日、私は仕事の合間に、JAZZのアドリブ分析に結構時間を割いてしまった。「げろっぱ!」と叫んで、E♭のリフを永遠にかき鳴らして遊びもした。さらには、課題曲探しと称し、仕事をしながら、多数の曲を聞いた。選んだ曲は、練習しないとできない一曲。最早、先週集まって、適当にやっている次元にはいない。
この状況がどれだけ続くかわからないけど、そんな風になってしまった。
実は、ある方面からも、バンドのお誘いがきていて、その話自体は宙ぶらりんだけど、「なんだか、時期が来たらしい・・」と思っている。

遊びのことはどうでもよいけど、こういうことは、仕事でもよくある・・、と言うか、いつも、こんな感じに、ひょんなとこからはじまり、初見で軽く仕事をして、最後にはまる・・というのがパターンである。
種は、いつでも、かなり前に蒔かれている。そして、いつ蒔かれたかを考えると、ほとんどが、高校、大学時代であることに驚く。実は、あの10代後半から20代後半に、ほとんどのものが蒔かれているのである。

だから、現在の私は、昔の私をスクリーンで写した存在でしかない・・・とよく思う。
もちろん、種は、育てなくてはならない。今の私というプレイヤーに意義がないわけではない。
昔の私が種を蒔き、今の私がプレイする。したがって、私がやっている作業に、新しいものなんてほぼなく、多くが思い出すという作業に、「経験」という強力な香辛料がふりまいたものである。

しかし、「経験」という香辛料の価値はデカイ。これも痛感中。

投稿者 awn : 08:30 | コメント (1) | トラックバック (0)
2012/01
06
金曜日

[TAROの日記]

シュミラークル

アンプの音などが、気づいてみると商品になっていた・・というのがEギターを復活した時の最初の驚きだった。

Eギターは高校以来弾くことがほぼなくて、アコギでディープなことばかりやっていた。インターネットのない時代に、個人輸入でレコードや楽譜をアメリカから輸入して遊んでいた。クラプトンがアンプラグドするまでは、超マイナーな世界だった。
その頃は、たまにアンプを通すことがあっても使うのはコーラスくらいだから、あんまり音がどうの・・というのはなかった。

2004年に、どういうわけか印税が毎月のように入るという・・現象に遭遇した。そして、その現象が、意外にも長く続いた。最初は、別に気にもしていなかったけど、毎月、電話一本で印税が入ってくる・・というのは、あまり精神的に良いものではない。そこで、私みたいなのでも、少し狂ってみたくなる。そこで、マーチンを一本買った。わざわざ、茨城県の某所まで出かけていって買うという意気込み。在庫のマーチンを全部見せろーーぉの勢いだった。

まー、そんなことはどうでもいい。
そうした流れで、全然弾いていなかったEギターが欲しくなった。そして、勢いに乗って短期間で2本買ってしまった。
その2本は、ガキの頃弾いていたグレコとは大違い。弾きやすいし音も良い。
でも、買ったものの、あまり弾く事はなかった。衝動的に、適当なフレーズを弾いて遊ぶくらい。演れば演るほど下手になる感じだった。

しかし、それで満足なのだ。
理由は、モデリングアンプのせい。大好きな音がスイッチ一つで出てしまうのだからたまらない。ブースター類なんて何もいらない。だから、適当に遊んでいる方が気持ちがよい。私は、こうして堕落の道を歩むのだった。

ボードリヤール的に表現すれば、私はシュミラークルの奴隷になってしまったということである。
しかし、このシュミラークルの力は大きい。繁殖力も凄い。今や音のモデリングは当たり前の時代。誰もが気楽に、"スゲー音"を出せるようになってしまった。車で言えば、大して腕のない奴が高い車を走らせるようなものだ。

・・と、まー、趣味の世界にまで、現代社会の構造が侵入している・・というかなり気持ちの悪いことが起きているのだった。
最近のギター弾きは、TAB譜しか読めない・・なんてのも、そうした現代社会の表層構造なんだろうな・・と思う。

でぇ、2012年からは、表層構造と深層構造が接近していくのだろう。
レバレッジが効かない世の中ってのは、そういうことだ。
まずは、シュミラークルに頼った者たちが消えていく。大きな方向は、そういうことだろうね。

投稿者 awn : 08:48 | コメント (1) | トラックバック (0)
2012/01
04
水曜日

[TAROの日記]

2012年

あけましておめでとうございまーーーーーす。
また一年が始まってしまいましたね。
この間、お正月をしたばかりなのに、またお正月。
一年中モチを食っている気がしていけません・・・・・・・・・・。

まー、そんなこと言っていても仕方がないですね、地球が1周してしまったのですから、それに合わせましょう。
また、新しい1周が開始しました。

新たな1周にあたって、言いたいことは、年末放談や年末年始のご挨拶で言い放っておりますので、まー、ここではいいことにしましょう。
また、これから『年頭セミナー』という手強いセミナーと雇われですがワンマンショーみたいなセミナーも控えております。
おそらく、この2つ、特に『年頭セミナー』では、かなりディープな話をさせていただく予定です。

時代が、次の時代のための準備に入り約40年が経ちました。
そして、残りは約20年。
私は、今の時代に生まれたことを幸せに思います。
だって、変なエンタメよりも面白い。まさに、歴史の分岐点にいる・・と思うと、口では言えない高揚感に襲われて何とも言えなくなります。
今を見ながら、遠い昔の地中海を思い浮かべたり、16世紀のオランダを思い浮かべたりする。私は、当時の雰囲気を今味わっている・・・と思うのです。この件については、マンスリーCDのベネチア版で、高揚した一人しゃべりを聞いていただいた方々にはお分かりいただけると思います。

そして、2012年。今回の地球の1周は、最後の20年に向かう一時の休憩を演出してくれるものと想定しています。
外はガチャガチャになります。恐らく、そのガチャガチャ度の影響を受ける人もいるでしょう。
でも、全体的にはカヤの外を決めながら、心の準備の一年です。

さて、また1周分の素潜りをやりましょう。呼吸はどこまで続くかな?
本年もよろしくお願いします。

投稿者 awn : 08:34 | コメント (0) | トラックバック (0)
2011/12
28
水曜日

[TAROの日記]

軽薄な世の中は、さらに来年軽薄になって、そして、どうなるのかね?

気狂いのように仕事をこなし、ちょっとスキマ時間があると、大掃除をする・・・という3日間が過ぎた。
本日は、4日目である。

そして、仕事の勢いそのままに、掃除にも手を着けたら、掃除・・というか整理がことのほか進んで、昔のいらないものが鬼のように出てきた。
私自身が知らない資料類が大量。イッタイ、ワタシハ、ナニヲシテルンダロー?

そんな中の一つに、組織作り関係のDVD2枚セットがあった。
もらったのか、買ったのかはわからない。
日付を見ると、2007年。
なぜか、車の中で、このDVD2枚セットを見てみた。
講師は、私が知る限り、「絶対、組織作りなんてできないよなー、この人」というお方。
あ、そういえば、数年前に、当社のお客様が、ある組織作りのセミナーに参加して、おかしなことを教えられてきてたけど、あのセミナーの講師も、絶対、組織作りなんてできないという人だったではないか(笑)。

やったもの勝ち、言ったもの勝ちの世界なんて、こんなものなんだろう。
私は、DVDをお笑いの映像のように、笑って見てしまった。
実際、TVのお笑いより面白い。

でも、世の中、こんなものばかりだ。
たまたま、通勤時に(お笑い)DVDを見てきたから、こんなことを書いているけど、別に、こんなことは話題にすることでもない。

そして、タイトルを「軽薄な世の中は、さらに来年軽薄になって、そして、どうなるかね?」としたけど、そんなものはずっと続くのだ。
乗数効果がなくなっている世界では、それはさらに進む。
そして、それも経済だ。
供給する人がいて、消費する者がいる。
しょせん、どこに場所取りをするか・・という話でしかないのかもしれない。

投稿者 awn : 08:29 | コメント (0) | トラックバック (0)
2011/12
26
月曜日

[TAROの日記]

過剰なもの

いつも言っているので、言いたかないけど、雪が凄い。
上から、どんどん落ちてくるのを見て、ため息が出る。
どうせ消えるものを一生懸命掘るというのは、とても人間的なことだけど、本当に嫌だは・・。

その雪だけど、上から落ちてくるのを見ていると、"過剰さ"の象徴に見えてくる。
世の中に流布する多くの"過剰さ"。"過剰さ"の発生に熱心な煽動者。被害に遭う弱者。世の中の一般的な構図だ。その象徴に雪が見えてくるのだった。

でも、雪は消える。
世の中の"過剰"は、消えるけど害を残す。

吉田兼好に言わせれば、私の生活態度さえ"過剰"だけど、そんなものはせせら笑うような"過剰"ばかりが世の中。だから、兼好さんが見たら驚くね!

そういえば、年末は、メールも過剰でいけない。
くだらんメールを毎日送ってくる奴の精神ってのも"過剰"なんだろうな。

"過剰"な者は、雪と同様に消えていく運命。しかし、それまでうざくて仕方ない。本当に、雪と同じだは・・。

投稿者 awn : 08:55 | コメント (0) | トラックバック (0)
2011/12
22
木曜日

[TAROの日記]

デタラメ言葉

昔の勤め先の定年で退職した先輩と現役の後輩と飲むことに突如なった。
でぇ、行った。
もう10年以上会っていない人たちだったけれど、全然そういう気がしない。
まー、10年以上を長い・・と認識していたことが間違いで、10年以上なんて短いのだろう。

そんなこんなで、「お久しぶりね」という挨拶もほとんど適当で、後は昔と同じように飲む。
今考えると、不思議だが、だれも近況を聞く者がいない。
昨日まで一緒に仕事をしていたかのように、別にふつーにバカ話をして酒が飲めるのは悪くない。

そもそも、私は自分の近況を話すのが嫌いだ。
なんと言っても、わかってもらえない感があるから・・。
何を話しても自慢に聞こえそうな気もしちゃうし、言語の共通性にも疑問を感じるから、どうしても苦手なのだ。

だから、それがほとんどなかったのはうれしいかったけれど、意外な伏兵がいた。
一人の方から、TPP問題について議論をされたのだった。
しかし、すでに引退をしている方の情報認識は、ヒューリスティックとポジション・トークの塊である。
私は、反対でも賛成でもない・・というか「わからない」の認識しかしていないので、その人の主張はどうでもいいのだが、仕事柄もあり、あいまいな事実認識や単なる感情から発した事実認識(「空想」と呼んでおります)には、どうしても反応をしてしまう。

だから、会話にまったくならない。デタラメ言葉コミュニケーションなのだ(この意味は、当社の『組織コミュニケーションセミナー(上級)』(第八回)の参加者にはよくわかると思う)。
私は、酒を飲みながら、デタラメ言葉ワークをさせられたのだからかなわない。
私は、10分ほど適度に突っ込みを入れてお相手をしたけれど、たまらなくなって言った。
「もうやめましょう。事実認識が穴だらけで意味がない」
あー、あー、言ちゃった・・である。
でも、まー、これがコミュニケーションである(これもセミナー参加者には、もはや、自明ですね)。

酒を飲み終わってから、無性に、知的会話がしたくなった。
本当に、歴史を肴に丸一日語り合って遊ぶかね?>Tさん

投稿者 awn : 08:31 | コメント (0) | トラックバック (0)
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