カテゴリー: TAROの日記
【TAROの日記】

2012/07/09(月) 09:25

ブログを書く・・ということを考えた。

今、とてもエネルギッシュである。
また、何かやりそうな・・・と自分を他者のように見る自分がいて、落ち着いた躁状態を味わっている。

でぇ・・、そういういう気分の時は、ブログなんてまったく書きたくなくなる(まー、いつも書きたくないけど・・)。
それを自分の体に聞いてみると、怪しげさに対する反発という言葉が浮かぶ。
これは、ブログとかFacebookを書くことに共通する内的な怪しげなものに対する反発のようだ。

よく言われるように、私たちは書くことで承認欲求を満たそうとする。
それはかまわないのだけど、それがない人間には、毎日書く行為というのはノルマでしかない。

そして、それを淡々とやっていると、ときどき、嫌になるのは当然なのだけど、本日のように、少々、健康的な躁状態にあると、そもそも論を考えてしまって、「どうして書いているの?」というところに気分がいってしまうらいしい。
それが「怪しさ」という言葉で表現されるものの正体だ。

でぇ、今書いていることは、私の中での「折り合い」として、こんな風に書いているわけだけれど、どうも、それにも違和感を感じるんだよな。

本日のオカモトは限られたエネルギーをどーーーーーーんと有効的な創造に使いたいみたいです・・。
まー、そんな気分のご披露でした。

【TAROの日記】

2012/07/04(水) 08:41

マニフェスト違反?

政治は嫌いなのでよく知らない。
それでも、高校時代までは大好きで、明治以後の政治を舞台にした本はよく読んだ。当時よく売れていた細川隆元、藤原弘達ものもいろいろ読んだものだ(ここら辺、ミーハーだった)

人間の嗜好は正直で、その後、政治記事関係はまったく読まくなった。
90年代に入って、年齢が30歳を過ぎると、友達の同級生が市議になったり、年下が国政選挙に出るようになった。
その姿を見て
「どうして、時代の幕引きの仕事をやるんだろ?」
といつも疑問だったけれど、幕引きが仕事と自覚しているのならば、かなり偉い奴なんだろーとも思っていた(しかし、幕引きを自覚していたとは思えんが・・)。

そんな私は政治がわからん。
そんな私が言うのもなんだが、小沢と鳩山などが、民主党がマニフェストを破るというのは、国民を裏切ること・・とかなんとか言っているのがまったくピンとこない。
よくこんなことをヌケヌケと言えるなーとしきりに感心である。
鈍感なのか、バカなのか・・・・・・・。

そもそも、何が簡単かって、マニフェストを破らん方が仕事としては楽だ。
やる気がない奴、保身が優先する奴なら、そうするだろうね。
実際、世の中、そういう奴の方が多いし・・。
官僚や大企業、お役所の仕事なんて、そういうのが目立つしな。
そういえば、鳩山君の仕事って、そんなのだったよな!

まー、私のような庶民が、中小企業の常識でモノをいっても及ばない大政治の世界ですし、小沢君もそれなりに命を張っているようですから、一人のミーハーが好きなことを言うのもなんですが、私は、消費税上げの是否はともかく、野田君ってけっこう偉いじゃんと見直したりしている。

しかし、ミスると大勢から上げ足を取られる非創造的な環境で、何かをするなんてのは、よっぽどじゃないと無理だな。
幕引きさえできなくなっているのが、今の政治か・・。

【TAROの日記】

2012/07/03(火) 08:31

放蕩

車を運転していたら、突然、1000万円を一カ月で使うとしたらどうするか?という質問が浮かんだ。
でぇ、面白いので考えてみたが、結論はすぐに出た。

つまらない。

あまーーーーーりにもつまらないのだ。
私ごときが浮かぶのは、ホテルのスィートに泊って、海外旅行して、ギター買って、うまいもの食べて。これにて終わり。後は何も浮かばない。そもそも浮かぶことの月並みなこと・・。

結局、これらを実行してもお金は残るので、後は、ヴェブレンが言うところの「見せびらかし消費」しか残らない。私の場合、車を買うのも「見せびらかし消費」である。

考えてみると、私の知り合いには、勘違いして、一か月に1000万円どころかもっと使っていた人も何人かいたけれど、それを私が知っているというのも、その多くが「見せびらかし消費」だったからだ。
私は、冷やかに、現代版ポトラッチとして眺めていたわけだけど、実際に、使うことそのものが目的になってしまうと、そんなところしかないのだなーと少し同情的にもなってしまう。
そして、ポトラッチって、オリジナリティーがないのだな・・と思った。

最も創造的であろうと思っていた消費であるポトラッチでさえ、ワンパターンなのだから、他の消費なんてなおさらである。
そして、オリジナリティーとか創造性というのは、金のかからないところにあるとあらためて思う。
私が、80年代後半以後のアウトドアを大嫌いなのはここら辺にあるわけだ(しかし、最近の道具は目覚ましく凄いので少しあちら側に宗祖替えをしたい気分もなくはない)。

結局、お金を使うことが創造的なのは、仕事くらいなんだよな~。
しかし、その仕事でも、いかにお金をかけないか・・に血眼になっているのだから面白いよなー。
まー、そこら辺がいいかげんになると、創造的ではないしな・・・・。

お金と言うのは、制約としての役割が最も有効なんだな・・とあらためて思った。
そして、死ぬまでに、一度放蕩をやってみよう!となんとなく思っていたけど、やめた。
あまりにもつまらなすぎるもんね。

【TAROの日記】

2012/07/02(月) 08:38

子供の野球

昨日、家で仕事をしていると、息子が野球の練習から帰ってきた。
そして、「スイングスピードが落ちた気がする」と言いつつ、練習試合の結果が悪かったことをつぶやく。

そのうち、過去の映像を出して、昨年夏と今年春の映像を見比べて、
「昨年の方が、スイングスピードが速かったーーーぁ」と叫んでいる。

彼は、なんとかしたいと思ったのか、外に素振りに行きかけていたが、呼びとめた。

「おまえさー、ここまでがんばたんだから、頭なんてもう使うなよ・・」

最後になるかもしれない試合まで後3日。
この期に及んで、悩む必要など何もない。
ただ、バカにみたい振ればいいだけだ。

・・・・でぇ、この状況、仕事でも同じだ。
人間は調子が悪くなると、分析を含めた理屈がはじまる。
だいたい、頭が先行でうまくいくことなんてないのだが、世間の解説がぜーーんぶ頭先行なので、どうしても現代人は頭が先行しがちになる。
そういう風景が、大人の仕事ばかりではなく、子供の野球にまで浸透してるようだ。

考える前に動く・・という基本中の基本は、こうして端に追いやられているんだよな。

うちの息子も、何も言わずに、すぶりだけをしてりゃーーいいのだが・・。

【TAROの日記】

2012/06/29(金) 08:26

本日の梅ちゃん先生

本日のNHK朝ドラは、「医者は、そこにいるだけでいい」みたいな言葉が提出され、そこから話の展開を予感させて終わった。

この言葉自体は、前にも世良正則がどこかで言っている。そして、映画『ディア・ドクター』の問題提起につながっていく予感はいろいろな回にセットされているわけだけど、これを単にドラマの展開とだけ見ることができない。朝ドラごときだが、かなり深いことを含んでいるぞ・・と思うのだった。

ところで、医療ばかりではなく、仕事の周辺でも、この「そこにいるだけ・・」という価値はほとんど崩壊している。
昔は、人との出会いで、「あの人は人物だな~」という言葉があったけれど、今ではそんな経験は皆無。いったいぜんたいどうしちゃんたんでしょ・・である。
まー、自分のことを棚に上げて、こういうことを言うのは卑怯なうえに、ワタクシももう50歳なのだから「もう少し大人になりなさいよ!」ってもう一人の自分が言っていたりするわけだから、さらに考えてしまう・・。

すでに日本人が失ったものが明々白々になっている・・というのに、むしろ理屈が闊歩している景色には、ほとほとうんざりしているわけだけど、それでも後の人生、どれだけ出会いがあるかね。そこに対する期待がなかったら、やっぱり生きてはいけないしな~。

朝から梅ちゃんを見て、そんなことを考えるのだった・・。

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