カテゴリー: TAROの日記
【TAROの日記】

2017/03/13(月) 09:11

理解とは、どうやってするものなのか?

イギリスかどこかのテレビ・シリーズらしき映像を見せられた。アムンゼンとスコットのお話という事前情報だけは与えられていた。

結論。まったくわからない。後で、聞いたら、ナンセンとアムンゼンが会話しているシーンとかあったらしいが、そんなことは逆立ちしたってわからん。だって、わかったことなんて1つもないんだから。

スコッチらしき若者が、ビリヤードやってる親父に呼ばれたこと以外何もわからなかった。それもビリヤード親父はスコットを怒っていたらしいがそれもまったくわからない。南極行きの命令でもされたのかな?って思っていたくらい。

わかった単語。wait death pole。人の名前2つ、 scotteとamnsen(スペルこれでいいか?)。余程である・・。

これは私がバカなのか、これを課題にした方が悪いのか、そもそも”理解”ということの本質の問題にぶち当たっているのか、それとも上達の過程の必然なのか・・?

1つわかったこと。映像の情報量は膨大だ・・と一般的に言われる。しかし、確かに膨大だろうけど、だから映像さえあればわかるというものでもない。切り口になる言葉がなければ映像なんてまったく見ても理解不能なのだ。人がいることはわかる。どこかの宮廷だということもわかる。でも、それでは何の意味も立ち上がらない。情報量が膨大であろう、意味はゼロ。犬の気分が少しわかる。

音を言葉としてキャッチできないのは、犬やカラスとかわらんのだなーとつくづく思う。

 

【TAROの日記】

2017/03/10(金) 08:46

”ちょっと”

どういうわけか目覚まし時計が1時間早く鳴った。それに気づかず、いつものように起きて、いつものように仕事をしたり、英語の勉強をしたりして早朝を過ごす・・。

途中で、「何か変だなー」とは思うものの、朝が追いかけてくるのを肌で感じながら、せっせと働く。

でも、どういうわけか朝は追いかけてこない雰囲気。「おかしいなー」とテレビをつけたら、まだ5時前。そこで「やったー、儲けた!」と思った自分を笑いながら、ゆっくりお茶を飲むことにする。

そういうわけで、今日は身体中を”得した気分”が満ちている。ちょっと万能感さえある。

人生の喜怒哀楽なんて、こんなことなんだろうなー。”ちょっと”がどっち側に振れるかで心の状況は大きく変わってしまう。

でも、心の中の”ちょっと”も累積するので結構怖い。悪い”ちょっと”は一回一回確実に解消しないとエライ目にあう。それも、悪い方は1回で1貯まるとすると、良い方は、0.3くらいだから、結構、意図して対応していないといけない。

とりあえず、今日はとても仕事が進むだろう。爆進レベルの感じがしている。こういうものは利用し尽くさないとね。

【TAROの日記】

2017/03/07(火) 08:53

A Hard Snow Gonna Fall

今日は、激しい雪。もう春かな・・って感じていると裏切りの雪が降る・・というのは毎年の恒例。でも、本当に嫌になる。雪国住人の怨嗟であります。

そんなわけで、激しい雪の中を通勤。頭の中では、なぜかディランの『A hard rain gonna fall』が鳴る。

Oh, where have you been, my blue-eyed son?
Oh, where have you been, my darling young one?

私の息子は、なんとか大学入試も終わり、家でボケーとしていて、目は青くない。一体、どこに行くのかね?将来何になるのかね?

Oh, where are  you going, my black-eyed son?
Oh, where are you going, my stupid young one?   ・・・って感じかな?

でぇ、彼のこれからにも

I’ve stumbled on the side of twelve misty mountains,
I’ve walked and I’ve crawled on six crooked highways,
I’ve stepped in the middle of seven sad forests,
I’ve been out in front of a dozen dead oceans,
I’ve been ten thousand miles in the mouth of a graveyard,

ってことを含めたいろんなことが待っているんでしょう(上記5行は原曲のまま)。

今日の雪は、そんな感じの雪に思えた。そして、

And it’s a hard, and it’s a hard, it’s a hard, and it’s a hard,
And it’s a hard snow’s a-gonna fall.             であります。

ディラン22歳の時の作品を、55歳親父はそのまんま現実的に解釈して通勤したというわけね。

ディラン自身は、この曲で原爆のことを歌っていると言われているけど、まー、人生そのものが原爆みたいなもんだよな。

そもそも、ディラン自身は、「激しい雨」を放射能だとする説を否定していたはず。しかし、22歳が書くこの詩が、人生そのものについて書いている・・とするのもどんなものか? 彼は後に、「あの頃の俺は、爺だった・・」みたいなことを歌っているから、そうなのかもしれないけど・・。

でぇ、ハイレハイフレハイレホーだな。

 

【TAROの日記】

2017/03/06(月) 08:49

止めたこと

昨年、英語の勉強をはじめるために、半年くらいかけて止めるものを決めた。なかなか決まらなくて、学習のスタートも大いに遅れた。

でぇ、今。

止めたことの多くが自然に復活。しかし、それでもやれている。それどころか、さらに量が増えている。英語には最低2時間とられているうえに、止めていたことが復活して量も増えている・・・・・・。

?????????

よーく、考えてみたら、朝ごはんを食べなくなった。たかが朝ごはんだが、食べないと30分ほどの時間ができる。これが結構デカイ。30分なれば結構なんでもできてしまう。朝の時間の大きな創造である。さらに、昼ごはんがとてもうまいときている。10分程でガーっと食べているけれど、旨いものは旨い。

残念なのは読書量が強烈に減ったこと。ツマラナイ本が多いことが幸いするとは思わなかった。・・ということは必然的に読書量が減ったということか。

朝ごはんを止めたのは当初は胃がもたれていたから。それでやめてみたら快調になった。こちらは理由が明解で意図的だったわけだけど、読書も理由は明解にあったのだ。

ところで、日常的読書の習慣が消え失せた代わりに、今はスキマ時間を見つけては、大量一気読みをやっている。良い本が少ないので(もちろん、私が良い本を見逃しているだけではありますが・・)、この一気読みが非常に効果的によい。一刀両断にたくさんの本を切り捨てている感じだ・・。

しかし、時々、光る本がある。自然、勢いは止まり、居ても立ってもいられなくなる。知的興奮の瞬間だ。これからの読書はこれでいいのだと思う。55歳の私には読書の習慣などいらないのだ・・。

 

【TAROの日記】

2017/03/03(金) 08:54

追悼、かまやつひろし

かまやつひろし、という名前ですぐに浮かぶのは『四つ葉のクローバー』。 確かAmではじまった曲だったと思う。そして、小学生の私がほぼ弾けないギターをナントカカントカ弾いた初期の曲でもある。

その後、彼の姿をはじめて見た。中学一年生の時。テレビで拓郎と『シンシア』を歌っていた。拓郎の作曲だったと思う。良い曲だと思った。そして、私がフォークというジャンルに触れた最後の時でもあったように記憶する。すでに、この頃はツェッペリンやELPに夢中だった私には、少し違う世界の景色に思えた。

だから、彼の個人名の代表曲『我が良き友よ』という曲はあまり知らない。聞いたことはあるけれど、ずいぶん私のイメージする彼とは違っていた。そこには『四つ葉のクローバー』はなかった。

彼がスパイダースの重要メンバーだとか、いろんなことを知ったのは、社会人になってから。スパイダースの初期作を聞いて驚いたのなんて、最近のことのように思う。

私にとって、かまやつひろしはちょっと不思議な存在だった。それはミッキー・カーチスにも感じるのだけど、私が強烈に音楽に興味を持った超初期に、彼らの名前は購入したレコードにクレジットされていた。そして、名前だけが私の中で独り歩き。よくわからないけど、私の中ですごい人と刻印された。

スパイダースの初期に接することができなかった私は、彼の聞き手とは言えない。でも、やっぱり彼は特別な人だ。そして、『四つ葉のクローバー』も。

単純な曲である。1970年代初期の匂いプンプン。今日は酒飲みながら、何十年ぶりに歌ってみよう(おそらく、そのまま懐メロ大会だな・・)。

 

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