カテゴリー: 無理に哲学
【無理に哲学】

2009/04/22(水) 05:25

他者の欲望

他者の欲望

            (コジューヴ)

この間、グループコンサルで、質問された。

「他に、相手をエモーショナルにするテクニックにはどんなものがありますか?」

あんまり、テクニックの話は好きではないけれど、

ビジネスの再構築時には、多少、テクニックも必要です。

そして、いろいろお話申し上げたところですが、

一番大きな肝は、

「他者の欲望」

でしょう。

だって、私たちは「他者の求めるものを欲望する」がなくては生きられないんですから・・。
それが一番、エモーショナルに決まっています。

でぇ、これを踏まえてのテクニックですね。

昔は、こういうことって、”哲学する”ことだったんだけど、

最近は、”金儲けする”になってしまっているのは、悲しいことではあります。

【無理に哲学】

2009/04/21(火) 04:53

自動販売機

ものを学ぶというのは、

定額の対価を投じれば

相当額の商品が出てくる

自動販売機を利用することと違います。

               (内田 樹)

これですよ!!!!!

「ものを学ぶ」が、商品になってしまったので、

多くの人が自動販売機感覚になっているわけで、

時々、自動販売機から買った知識を、

臆面もなく披露している人とかを見ますが(うー、自分もそうかもしれない・・)、

あれって、怖いですよね~。

ちなみに、
私は、若かりし頃、お師匠様に、
この件で、こっぴどくいじめられたことがあります。

最近、忘れてたけど、気をつけよぉ・・。

【無理に哲学】

2009/04/20(月) 05:45

健全な成功

一種のスポーツとして

成功を追求する者は、

健全である。

           (三木 清)

最近流行の”儲けるため”の勉強法に
違和感を感じる根はここにありますね。

昔の勉強法は、一種のスポーツでした。

そして、”成功法市場”での違和感も同様ですね。

考えてみれば、確かに、みんな、スポーツみたいにやっています。
そうじゃない人が語る”成功”って、なにか卑しいんだよな。

でぇ、短距離などで優秀な成績をおさめた人が、
「オレね、短距離で、記録持っていてさ」
とは言わないように、

スポーツ系成功者は、
自分の成功を口に出して言ったりはしませんね。

追記

しかし、あれですね。
三木清さんが、こんなことを昔に語っているくらいですから、
いつの世にも、あるんですね・・。

【無理に哲学】

2009/04/17(金) 05:05

”追求”の不追求

再び、昨日の続きです。

昨日のフランクルの言葉。

そこからの問い。

その答えを言葉にしたのを

私がはじめて読んだのは、

次の言葉でした。

人間は、ただ、

ほどなくして忘れられると思われる仕事を

積み上げていくだけである。

             (マイケル・ポランニー)

キルケゴールが提起した”可能性”。

その可能性の追求。

その追求は、”追求”を止めた時に、意味をなします。

「人生は、私に何を期待しているか」

それは、単なる”積み上げ”のこと。

その”積み上げ”が、次の問いを迫る。

それを「人生の期待」と言う。

んー、こんな発見をブログに書くなんてもったいない・・・。

【無理に哲学】

2009/04/16(木) 04:59

人生の声

昨日の続きです。

「私は人生にまだ何を期待できるか」

と問うことはありません。

いまではもう、

「人生は私に何を期待しているのか」

と問うだけです。

人生のどのような仕事が私を待っているか

と問うだけなのです。

             (V・E・フランクル)

可能性という視点から、ピョンと飛ぶと、この境地。

そのためには、「人生から問われるような私」にならないといけませんよね。

でも、それは、単に、人生の声を聞くようにするだけなので難しくはありません。

・・・なんて言ってはいけません。

その声が聞こえない。そこが問題なんですね。

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