月別: 2018年5月
【TAROの日記】

2018/05/16(水) 08:49

ファック!!

1950年代まで、アメリカ人はFuck!って言わなかったそうだ。
それが、60年代に少し言う人が出始めて、70年代から目立つようになり、90年代以後は、みんなが使うようになったらしい(私の英語理解が正しければ・・)。

もちろん上の階級の人は今も使わないらしいけど、大統領が使ってるから、これからはわからない?(笑)

聞いていると、話したい内容よりも、Fuckって言っている方が多い感じなので(ひどい場合は、 This Fuck! is Fuck! a Fuck! pen Fuck!Fuck!って感じだもんね・・)、世の不満を、Fuck!という言葉を使って身体の外に出している、つまり、ある種のセラピー効果を狙っている可能性もある。

あれ? もしやウツとかに効くかも?(笑)

【TAROの日記】

2018/05/15(火) 08:46

車の鍵

2011年、地震のせいで空気が暗くなった世間に腹が立って、車を買いに行った(震災翌日)。
その時、はじめて鍵はポケットに入れておくだけで、エンジンがかかる車を知る。そして、購入(別に、何でもよかったのだ・・)。
鍵を穴に入れて、ぶるっん!ってならないのが違和感だったけど、そのうち慣れるものである。

しかし、1年後、ドアが開かない。エンジンがかからない。
車屋に聞いたら、鍵の電池がなくなったのだ・・と言う。
すぐに、電池交換してもらう。
「これって、自分で換えられないの?」
と聞くと、「できない」と言う。
面倒くさいなーと思ったけれど、本当にそんなことあるのか?と考えるのがもっと面倒くさいので、そのまま言いなりになることにした(いちばん大事なのは時間なので、ある程度の言いなりはOKと心得ている)。
そして、数年が過ぎた。

この間、また電池がなくなった。
車屋に電話をするのが面倒くさい(これは当初から気になっていた)。
そこで、スタッフに任せると、当初の疑問を投げつけられる。
「車屋の話では、自分では換えられない・・と言うんだよ」と言うと、
「そんなわけないでしょ」と過去に私が封印した返答が返ってきた。

そして、鍵を開けるという努力をはじめてやってみた。
驚くほど簡単に開いた。
中には、見慣れた電池が入っている。
「この電池は、きっと特殊だ」と思う余地もない。
そして、スタッフが下のコンビニで電池を買ってきて、以上終わり。

なんだよ・・・・・、車屋に電話する面倒くささがなくなったじゃないか・・。
スタッフには「法外なお金を取られてたんですよ」と言われるが、そんなことよりも、車屋に電話をしないで済むことになったのがうれしい。

おそらく、この件について、一番意識的なのはベソスである。
6月の『VIPミーティング』は、世の中のブランド・コンサルタントとか言う人たちが大嘘を言っていることをネタに、ベソスの脳みその中を考えるということもやります(おそらく1時間くらい)。

【TAROの日記】

2018/05/14(月) 08:55

市場はバカになって、そして、ますますバカになる。

今度は、山田ラーメンである。
人手不足でやめる・・という。

地元の旨い店は絶滅危惧種。
もう残されたものはわずか。
そして、新しい旨い店は驚くほどに出てこない。

田舎の人の舌も、かなり末期的な状況になっていて、昔なら田舎で流行ることなんてあり得なかった飲食チェーンにたくさんの人が入っている。

そうか・・・・・・。そういうことね。
名店がなくなるのは、継ぐ人がいないからだと思っていたけど、違う。市場がバカになったからだ。
すでに、舌バカの市場は、一つのジャンルと化している。そして、バカの中での細分化や深化が進んでいる。

そのバカ市場支持者の話が面白い。
プロレス熱烈な人たちのプロレス話は、興味のない者でも楽しく聞ける。あれと同じ。
プロレスは、子供の頃、それなりにテレビの前で見ていたりしたからだと思う。でも、それだけではなくて、話そのものの熱烈さとバカっぽさがたまらなく面白い。

舌バカ市場熱烈支持者の話もそれに似ている。あのラーメン屋にも、あのステーキ屋にも行くことはないと思うけれど、彼らの語る物語はとても面白いのだ。

一つのジャンルならいい。
しかし、全部それになったらお終いだ。
でも、田舎はそんな勢いの中にある。

店は20日に閉まるという。あさってから東京だから、後2日しかないじゃないか・・・・・・・・。

 

 

【TAROの日記】

2018/05/08(火) 08:49

ギブソンお亡くなりになる・・

1年前だったか1年半前の『VIPミーティング』で話題にしたことが、倒産という形で目に見えるものになった。

ギター・メーカーの老舗ギブソンの破綻は、一つの”兆し”である。

日本の楽器屋の景色を見ていると、おじさん達がギブソンやフェンダーのギターを高いお金を出して買っているように見える。しかし、本国アメリカをはじめ他国では、売れてなくなってきた・・とは聞いていた。

日本の楽器屋での”おじさん売れ筋”は30万円代ではないかと思われるが、私見では一番買ってはいけない価格帯だ。
・・・・・・・と言って、それ以上出せばいいものが手に入るかというとそれも微妙。中古で40万円代(新品では70~80万円くらい)のものでも、良いものに出会えるのは稀だった。

いわゆるオールドと言われる70年代前半くらいまでの古いモデルが、ミュージシャンを筆頭に人気があるというのは、それだけ今のものはダメというお話として受け取ってもいいと思う。

日本の民事再生に近い法律の適用ということで、ギブソンの再建ははじまる。そもそもギター部門は黒字だそうなので、ブランドは残ることになる。

でも、どうなんだろう?
ブランドなんていらないよなー。
だって、ギブソン印のレスポール(ギターの種類)なんて、別にいらないもんね。
レスポールとか、SGなど代表機種の”型”には残っていて欲しいけど、最早ブランドはいらない。だいたい大きくなりすぎたギブソンが、直球の品質路線に完全に戻ることなんてあり得ないのだから・・・・。

【TAROの日記】

2018/05/07(月) 09:10

修復不能

書斎で探しものをしていると、どうにも虚しい気分になってくる。
若い頃は、この書斎のライブラリー作りにワクワクしていたわけだが、今そこにあるのは残骸だ。

今も整然と整理はされているし、他人が見たら羨ましがってもおかしくないライブラリーだとは思う。
でも、終わっている・・・・・。
だって、これ以上メンテナンスに時間はかけていられないし、新しく入ってくるものの整理は不能。

そして、最大の難点は、過去にいい加減に整理をした部分。そこは暗部になってホッポリだされてある。
何かを構築するとバッファ部分として生まれるものだとは思っているので、ゼロにはできないとは思う。しかし、歴史を重ね、ライブラリー全体の機能が落ちてくると、とても目立って見えるのだ。

頭に浮かぶ言葉は「修復不能」。
そもそも、最早気力もない。

どこかでエイヤーと片付ける時は来るとは思うが、それは「整理」というよりも「捨てる」である。

これって、人生も同じような気がする。
人生でも、「修復不能」が積もり積もっているはず。そして、もうどうにもならないのだと思う。私たちはそこをごまかして生きているけれど、どこかで精算は迫られる。

書斎同様に、人生も一生懸命作り上げてきたつもりではいるけれど、前に進むことばかりが優先されると、そこらじゅうがほころびだらけ。そして時間とともに、修復不能度が高まっていく。

でも、人生の「修復不能」は意図的なものも多い。「おれは、これでいい」と生きてきたはずで、それは本望であったりもする。
しかし、同時に本望でないものもあるだろう。その量は人によって違うんだろうけど、そこについても「おれは、これでいい」という言うしかない。おそらく、それは責任なんだろうね。

 

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