月別: 2018年1月
【TAROの日記】

2018/01/19(金) 08:57

駅から7分

今朝、新聞に載っていたマンションの広告。
「駅から7分」が気になった。
そして、「無理だろうなー」と思った。
さらに、駅までの徒歩には、経験しないとわからない不快も伴う。

場所は悪くない。
好きな場所だ。それに○○もある。

買おうと思いついた人は現地に行って何を見るのだろうか?
マンションそのものは当然として、後はその周辺をちょっと・・。
それだけ見たら、もう疲れちゃうから、後はいい加減なものだろう。
それに心が購入に動いていれば、何を見ても良き解釈にしかならない。

よく考えてみると、不動産の購入って大変だ。
人気の物件ならば、決断も急がねばならない。
でも、住む場所である。安易には決められない。
隠れた条件が大量に潜むうえに、隣の人は選択できない。

ぶっちゃけ運である。

ビジネスで物件を借りるときには、周辺を聞いて歩く。基本だ。
お店のおばちゃんなどに、「隣ってどんな感じです?」って聞きまわる感じ。
上記の物件であれば、朝の通勤時間に駅まで行ってみるのは必須で、そんなことが大量。

そんなことを書いていると、今私が住んでいる村を決めるときに、いろんなことやったのを思い出す。そういえば、村中を案内してくれた役場の人はお元気だろうか?

家選びは暇でないとできない(・・というかあらゆることがそうだ)。
だから、もし住む場所の優先順位が高いのであれば、おそらくナニカを犠牲にしないといけないと思う。実際、私は当時そうした(大変だった・・)。

とりあえず、駅から7分は半分嘘だよ。
相当歩くのが早い私が言うんだから間違いない。
どうして、「半分嘘」なのかは、朝6時と朝7~8時と夜12時頃歩いてみればわかります。
もしかしたら、条件が整っていても無理の可能性もあるので、「半分嘘」どころか、「嘘」の可能性もあります。

この物件が気になっている人、がんばれー。

【TAROの日記】

2018/01/18(木) 08:46

大卒内定率86%

14%の人たちのことが気になる・・。
テレビや新聞の報道をどんな気持ちで聞いているのだろうか?

自分の就職活動中を思い出してみると、このような内定率発表の記憶はない。
そりゃ、当たり前だ。私は就職も決まりヌクヌクと遊び呆けていた。
でも、内定が出ていなければ、こういったニュースは嫌でも聞こえてきそうである。

ところで、内定が決まらない14%の人たちってどんな人たちなのだろう?
ハナから就職する気がない人は分母に入っていないだろうから、やっぱり就職する気はあるはずだ。そして、イメージしてみると、ステレオタイプの姿が浮かんでしまう。あまり良い印象ではない。でも、私が該当者の親ならどうだろうか?

・・・・・などとモンモンと考えてしまった。

しかし、56年間も生きると、86%が決して勝ち組とは言えないことを知っている。むしろ、気の毒に思う。
それに気づき、脱出を図る者もいるだろうが、その全員が良い思いができるわけでもない。

日本がダメになってしまったのは、政治のせいもあるけれど、それ以上に企業の責任が大きい。私は、大手のサラリーマンと話すと、よくそんなことを思う。
確かに、その存在は大きく、組織力も凄いとは思うが、そういうところに所属する人たちが吐く“言葉たち”には、とてもとても違和感を感じている。寝言を言っているのか?と思うこともシバシバ。

そういえば、この間、大学院に入学した友人(中小企業経営者)が言っていた。
彼は、授業中に某大手サラリーマンの寝ぼけた発言に怒りを覚え、持っていた本を投げつけて、「ふざけるな~」と興奮して言ってしまったらしい(ちなみに、こういう行動を起こした人は他にもいる)。

まー、そんなもののようです。

余計なお世話かもしれないけど、
14%、がんばれー!

【TAROの日記】

2018/01/15(月) 08:57

バランスという冗談で、アンバランスを笑う

今日が、新潟のオフィスでの実質の仕事始めだ。
4日に出勤して以来の久しぶりの新潟オフィス。いつの間にか、1月も半分過ぎてしまった。

あまり特別なことが好きではない身としては、毎日、淡々と退屈な日々が続くことを望んでいるけれど、現実は真逆。やることだらけだというのに困ったものだ。

野村萬斎の『マクベス』が、能のシテとワキの構造を使って、マクベスの本心とunfinishedを描いたように、私の本音も、特別なことが好きで好きでたまらないのだろう。

でも、萬斎『マクベス』に従うと、黄泉の国から蘇る私は、毎日、淡々と退屈な日々を過ごすのかもしれない。
そしたら、ギターはもっとうまくなるんだろうなーと呑気に思いつつ、それは悪くないと思う。

バランスなんて言葉は、冗談でしかないので、私たちの人生は振れる。振れまくる。それはそれでいい。問題は、どう振れるかで、トレードオフな人生を、いかに、満足して生きるかで、結局は、優先順位ってことになるけれど、そのことに関しても、結局は半分は冗談でしかなくて、私たちは、トレードオフな人生を、ある程度トレードオフしないで生きるのが正解なのだろう。

まー、そう考えると、今の状態でいいのかな?

この文章の書き出しで、一瞬、引退も考えたけど、それは、もっともっと冗談な話だな・・。

【苦しめTAROお仕事LIVE】

2018/01/04(木) 08:54

アレ?

2018年最初のブログ。
入力画面を前にして、腕を組みつつ唸った。
どうしても「あけましておめでとうございます」と書きたくない・・・。
お約束なんて、素直に従っておけばいいわけだが、それができない。

でも、そういう性格なのだから仕方がない。
そして、そういう性格だから、ビジネスは、現在の状況で落ち着いているし、日常の生活もそんな感じ。それで、私は幸せである。どうせ、それ以外のことは無理だし、やろうとも思わない。
もちろん、過去には、そこを逸脱するようなこともやった。しかし、だいだい神から「やめておけ!」の司令が早々に出て撤退ということを何度かやってきた。

私の神様はやさしくて、いつも早めに教えてくれる。
おかげで、あまり痛い思いをしたことがない。
世の中には、無理なことに邁進してしまうドンキホーテな景色が多くある。私の周辺でもそんなことが時々起こる。噂では、今も進行中のものがあるらしい。

でも、そういう人たちの神も、本当は優しいはずだ。
彼らは神の声を聞かないのだろう・・・。

年始めには、山の上の毘沙門天に挨拶に行く。
もう20年以上続けている新年の習慣だ。
500年くらい前に上杉謙信が見下ろしていたように、高田平野の雪景色を見ながら、自分を育んでくれた神々と語る。

対話に言語が介在することはない。
「あけまして・・」でも、「ありがとう」でも、「お願いします」でもない。
アレは何なのか?

さて、また観覧車は回り出した。
回り出すとあっという間だ。

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