月別: 2016年7月
【TAROの日記】

2016/07/29(金) 08:36

キノコ採り

最近は忙しすぎて縁遠くなったが、私は山菜採りとキノコ採りが大好きだった。
特に、キノコはいい。
山をコザイていくと、黄金に出会う・・と言っても言い過ぎではない。天然のナメコが倒木に群生する様は、本当にそんな感じだ。

でぇ、話は大きく変わるけど、昨日、帰宅途中でポケモンを7匹捕まえた。
帰路にある住宅団地に進入すると、3匹のポケモンが現れ、一匹は妻がうらやむ種類のものだったりして、うれしかった。

あれ?
飽きると思ったけど、月並みにハマっている・・・・・?
そうかもしれない。
見つけた時の感覚が、キノコを山で見つけた時とちょっと似ているのだ。

ポケモンは食えない。
キノコは食える。
山菜も食える。
だから、比べようもない・・というのが本当のところのはずだ。

しかし、こうも言える。
山菜は、食べられるように処理するまで家に入れない。
キノコは、山菜よりもマシだが、やっぱり後処理がある。
ポケモンにはなんにもない。

こんな比べ方は強引に思えるかもしれないが、多くの山菜採り中毒者の本音だ。「山菜を取るのは楽しいけど、後の処理がねー」というのはみんなが言っている。

つまり、採るのが楽しくて、食べるのはそのオマケなのである。

・・と言っても、食べられないポケモンが不利なのは事実。
一瞬にして、どうでもよくなる時は来る。

まー、しかし、レベル5にはならないとね・・。
&昨日、妻から「図鑑」というのを見せられる。
これをポケモンで埋めるといいわけか・・と眺めつつ、いつものコンプリート癖がムクムクと動いた。
ちょっとだけ、ヤバイかも?

【TAROの日記】

2016/07/28(木) 08:27

月並みですが、ポケモンGO

昨日帰宅途中で、近所のスポーツセンターに寄った。
妻がそこでポケモンをゲットしたことを聞いていたからである。

本日は、途中、某スーパーの駐車場に行く予定。
ここには、3匹ポケモンがいるそうである。

妻はバイパスでポケモンを見つけ、「こんなところにもいるのは危ないなー」と思ったそうだが、私は通勤途中の広大な田んぼの景色を見て、「この中に、ポケモンがいるかもしれないなー」と妄想した。

世代的には、インベーダーゲーム世代で、アレにはまったのは高校生の時だった。
大学に行くと、パックマン、ドンキーコング、ギャラクシーを少しやった程度で、いわゆるテレビゲームにはそれほどはまらなかった。

だから、その後のゲームのことは知らない。
プレステ2が出た時に、買ってやってみたがほとんど続かなかったし、Wiiもちょっとやっただけだった。

・・・というわけで、ポケモンもすぐ飽きるとは思う。
しかし、私の住む田舎でも2匹ゲットしたから、東京とか行ったらどうなちゃうんだろー?って思ったりもする。

レベル5には行かないわけにはいかない。うちの近所にバトルをやる塔があるのだ。あれは煩わしい。押しても「早くレベル5になってね!」みたいなメッセージがでるので、とにかく、そこはクリアしたいのだ。

・・という形ではまっていくのかもしれない。
だいたい移動距離が多い私みたいなのには、案外フィットする遊びだ。

でも、そう考えると、これって、お宝をポケモンに変えただけで前からあるソフトじゃないか・・。キャラクターの力はやっぱり凄いな~と思いつつ、「あのポケモンを考えた青年(今は、相当、オヤジ)は、今どうしているのだろう?」などとどうでもいいことを考えた。

【TAROの日記】

2016/07/27(水) 08:33

避難命令

昨夜、酒を飲んでテレビを見ていると、地域の緊急放送が流れた。
大雨のために、一部の地域に対しての避難命令である。

ゆっくりと低いトーンで流れる言葉は、緊張感を生むな~などと思いながら最後まで聞き入ってしまった。

私の住む場所は高台である。
私の高台好きは病的なところがあって、東京の事務所、マンションも含め、みーんな高台にある。
1998年に今の家を建てる場所を選ぶときに、「日本の気候は将来亜熱帯になるから・・・」と言って選んでいるくらいのリスク回避型の性格の結果である。

最近、約20年前に想定していたことがいろいろ具体的になってきて、自分でも驚くのだが、こういうときに歴史好き&地理好きの自分の特性がムダではなかったと思う。
昨日、避難命令が出た地域も、だいたいそういう場所である。
近代の河川改修工事は、人びとを洪水の危険から救ったわけだが、今再び救われた地域を中心に自然が苛酷さを突きつけてきている。そして、大雑把に言うと、新興住宅地というのは、なかなか微妙な場所が多いとも思っている。

今、出勤してくる時の雨もすごかった。
まったく前が見えないのだ。
私は、冬の吹雪を思い出してしまった。

その雨も上がり、今は激しさの後の静寂・・って感じ。
そして、何もかも忘れて、今日も一日過ごすことになるのだろう。

そういえば、今年のフジロックも雨が降らなかったな~。
ベン・ハーバー前に少し降ったけど、すぐに上がってしまった。

今日も一日忙しい。
雨のことより、仕事である。
そういう優先順位になっていることが、現代人のプライオリティであり、リスクなんだろうね。

【TAROの日記】

2016/07/26(火) 08:32

死に場所

6月29日以来の書き込みである。
こんなに間が空いたのは過去にない。

まずは、9日ほどギリシアに行ってきた。
トラブル満載の楽しい旅だった。
たかが観光旅行で生存の恐怖なんてないけれど、トラブル中の気分は、それに近い。
そのトラブルが次々と降ってくる。
でも、それがどこかで面白いと思うのは、まだ精神年齢は若いからかもしれない。

ギリシアでは発見もあった。
「なるほどねー」という納得は、海外旅行に行くといつも得られる気分だけど、今回の発見は生存の自信にもなると思った。
ついでに、欲望も手に入って、良い旅であった。

そして、そのまま家に帰らず、東京で仕事。悲惨である・・・・・・・。
法事のために2日だけ家に帰って東京にとんぼ返りしたため、家のほうが旅行先みたいだ。

さらに、東京で仕事を終えて、恒例フジロック。
前夜祭も満喫するうえに、最終日は12時を越えても楽しむので、延べで5日の贅沢三昧。

最終日のオオトリは、悩んみに悩んで結局ステージ前にいた。
やっぱり悔いは残せないということで、黄門さまを近くで楽しむことにしたが、想像以上のパニック度。多くの人が途中離脱していくうえに、離脱後心臓停止した人までいて、印籠の威力には改めて恐れいった。

しかし、あの印籠、毎度の凄みはあったけれど、自分には遠いものになったように思えた。
印籠だから仕方がないのだけど、一見パニックのステージ前は案外予定調和の集積でしかない。まー、パニックさえも予定調和と言ってもいいだろう。
もちろん、離脱する人はいるし、めげた人は多数だろう。私もめげた。
でも、そこに驚きはない。
いろいろと、印籠の威力について考えてしまうステージだった。

ところで、あの心臓停止した人は無事かな?
心臓マッサージの後、ピクっと手が動いたので、息を吹き返したと思えたけど、さてどうか?
帰って妻に話したら、「人に迷惑をかける死に方だけはしないでね。でも、あなたの場合、そういうところで死んでもいいかもね」と言われた。
「んーー、それはそうだなー」と思いつつ、今回の印籠では死にたくないと思った。

そして、死んでもいいと思えたパフォーマンスってなにがあったかなー?と考えた。
んーーー、年をとって経験を積み過ぎたせいで、最近はそういうのがないな。つまらないことになっている。

そんなことを考えていたら、80年に東大の大きなグランドで行われた野外フェスの景色が浮かんだ。
その時は、まだお上りさんで何も分からず、数々のステージに圧倒された。

妻には言われたが、どうもステージ前では最早死ねないようである。
ちなみに、海外旅行で死ぬのも嫌だ。

そう考えると、やっぱり地味に家なんだろうな~って思うのも年をとったせいか?
そのうち、海外旅行のトラブルも嫌になって、パッケージに乗っかるようになるのかもしれないな・・。

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