月別: 2016年6月
【TAROの日記】

2016/06/29(水) 08:32

次に書くのは、25日か26日か・・・・・・。

明日からでかける。
ふらっとヨーロッパ方面に飛ぶつもりだ。
それを言うと、危なくないですか?という声多数だけど、そりゃわからない。
ただ、そういう心配をしてくれている人が思うほど危険ではない。だいたい人は住んでいるのだ。

でぇ帰ってきても、そのまま家に帰らず仕事。
そして、法事で一旦帰るけど、そのまま仕事に戻り、フジロックに突入するので、次にこのブログを書けるのは25日か26日になるだろう・・。

なんと一ヶ月も書かないなんて、初めてのことだと思う。

・・ってことで、家には全然いないとわかっているのに、三日前からピアノを弾いている。
ゴンザレスのピアノが突然頭のなかで鳴りだして、唐突的に弾きたくなった。

昔、仕事をはじめたばかりの頃、とにかく暇だった。
そして、お昼になると自宅に帰り、お昼ごはんのついでにピアノを弾いていた。
数ヶ月の練習で、サティーはいろいろ弾けるようになったが、モンクは24小節くらいで止まった。
それでも、モンクはかっこいいし、24小節も暗譜すれば適当にコード遊びもできるので、それを種に時々弾いて自己満足していた。

でも、みんな忘れてしまった。
サティーだってジムノペティの頭12小節くらいしか思い出せない。
そして、これから約一ヶ月の旅で、僕は、ゴンザレスを忘れる。折角弾き始めたのにおしいことだけど、覚えているわけがない。

ついでに、英語も忘れる。
・・というか、英語は覚えられない。
おそろしいくらいに、ドンドン忘れていくので、どうしたらいいか・・と途方に暮れているが、まー、それでもやるしかないわけで、人間はムダを続けながら、何かがちょっとモノになる生き物なんだなーと思っている。

明日からの旅のこともすぐ忘れる。
仕事のことも遊びのこともみんな忘れる。
思い出というのは、カスでありデッチ上げだ。

でも、デッチ上げこそがアイデンティティーだ。
それは、ギリシア人や中国人を例に出すまでもない。
どうせ、私達日本人だってデッチ上げだ。

それでも、私たちは旅をし、仕事をする。
欲望を広げるためだ。
欲望を満たすためではない。もっと欲望を大きくするために、旅をし、仕事をする。
実に前向きな作業で、写真なんて撮っている暇はないのだ。

・・・ってことで、私は旅で写真をほとんど撮らない。
撮らない旅がよろしい・・と思っている。
そして、忘れる。
でも、欲望は残る。

【TAROの日記】

2016/06/28(火) 08:26

本日は、まとまらない文章になったなーと自分でも感心(反省)!!

昨日は、イギリスのEU離脱についていろいろ聞かれる一日だった。
ボクのような素人に、聞いても仕方ないでしょ!とは思うけど、まー、人は話題にしたいことがあれば相手は誰でもいいのだと思う。

みんなの予想を裏切って大衆の過剰反応が一つの道をつけた。そういう点で今回のイギリスの投票結果と1933年のドイツの景色は似ているのかもしれない。
そして、デモクラシーの限界をみんなで眺めた・・ということで、ついにこの時が来たんだな~と思えたりもする。

今の朝ドラでは、「あなた、派手なカッコはしてはいけないわ!」とか「女が道の真中を歩くんじゃない!」と言っている戦時中のおじさん、おばさんが時々登場しているが、アレなんかは今ではモンスタペアレントだったり、ネット上の炎上やる人だったりするのだと思うが、まー、危機的状況では民主主義はいつも危いものなのだと思う。

先週、イギリスの結果を見た後に、イギリス人のおばちゃんと話す機会があった。
投票の結果に落胆しているおばちゃんは、「あなたは、この結果をどう思う?」と聞いてきたので、「僕は、結果そのものには興味はない。人間の世界にはいろんな風が吹く。でも、民主主義の限界・・・というか、担い手の集団性の限界には興味がある・・」みたいなことを一応英語で言ったのだけど、おそらく通じていないと思う。
だって、民主主義がデモクラシーだっってことを突然忘れてしまって(英語では、単語のど忘れがよく起こる)、仕方がないので、カレント・ポリティカル・システムって言ったから、まー、真意は伝わらないだろう。

ある程度、生活に恵まれている現在、担い手は馬鹿にならざるを得ない。
不満なんてものは際限がないものだけど、知識、良識の方は、恐ろしいくらいに際限が小さくなるものなのだ。
だから、どうせい・・ということは、ここまで来てしまえば、どうにもならないわけで、アーメンとしか言い様がない。
なるほど、アーメンという言葉は、こういう時にあるのね・・とキリスト教徒に怒られそうなことを思ってみたりもする。

でぇ、アーメンの分岐点はどっちにころぶか、それとも戻るか?
人間の力って、ここからいろいろ試されるのだなーと思う。
さて、どれくらいの人が生き残っているのか?そこが注目点だね・・。

【TAROの日記】

2016/06/27(月) 08:55

もうちょっとでお休みだ・・。

『VIPミーティング』を終え、今年前半の山場が終わった。
正直、もうヘトヘトである・・・・・・・。

でぇ、フジロックも近いので少しお休みすることにした(フジロックは大量に体力を使う一年のメインイベントで、お休みではない)。
もう少し働いて7月1日から日本を脱出する。
ユーロ圏に行くので、一旅行者としては、今回の事件はちょっと有利に働くのがうれしい。少し贅沢ができそうである。

コツコツと自らをロボットのように働かせるのは大事な生きる方法だが、そのロボットに別の刺激を与えることはさらに重要だ。
それで、何かがアンイストールされて、新たなものがインストールされる場合がある。

今回の旅のテーマは、アイデンティティーだと思っている。
アイデンティティーのないものが、どうやってアイデンティティーをでっち上げるか、結局、アイデンティティーとは何なのか?なんてことを考えながら、1800年代の人々が思考した領土欲を見つめてきたいと思う。

私は、そろそろ今のアイデンティティーをアンイストールして、新たなものをインストールしたい気分だが、そんな強引なことをしなくても人は自然に変わる。
しかし、昔の人々が拠り所を求めたように、拠り所を発見できたら、それはそれで面白いとも思う。
拠り所なんてどこにもないことも、昔の人びとの来た道を見ているので承知はしているが、触媒ってのは有効なのだ。

てっことで、新たな欲望、そして業の発見に行ってまいります。・・・・と言っても3日後。

【TAROの日記】

2016/06/10(金) 08:33

純度2

伸びしろを感じる人と感じない人がいる。

しかし、その直感は正しいとは限らなくて、「伸びしろはそれほどないなー」って思っている人が案外伸びしろがあったりする。
同様に、「伸びしろがありそうだ」と思っている人が、意外にも全然ないということもある(こっちの方は大変多い)。

伸びしろの印象って何で決まるのか?これは実に不思議だが、いずれにしも直感なんていい加減なのだ。

ところで、直感の伸びしろはいい加減だが、どういう人が伸びしろがあるかは実に明解だ。
ここでは、その明解の内容は面倒くさいので書かないが(ここでは書いても意味が無い)、この明解が人を2つに分けていて、それはギリシア時代の市民と奴隷ほどの差があるのだと思う。

私は、普段、人嫌いなどと言っているが、本当は人が好きである。
ただし、私が好きなのは、伸びしろのある人であって、それ以外の人には申し訳ないけどまったく興味がない・・というだけである。

最近、とても伸びしろを感じる人に出会った。
私よりも20歳以上若いと思うが、私は彼を尊敬する。
いろいろ性格的には問題も多いかもしれないけれど、そんなことはどうでもいい。前に進む意思の純度が高いということはそれだけで価値である。

これから純度は価値になる。
でも、純度の高いものは少なくなっている。蜷川さんも死んじゃったしな~。

昨日のパティー・スミスのギンズバーグの朗読はかなり良かったらしい。
不覚にもライブの方を選んでしまったが(その選択肢しかなかったので仕方ないけど)、凄く純度の高いものが見れたんだろうな・・と思うとかなり悔しい。

【TAROの日記】

2016/06/08(水) 08:31

純度

身体を壊しているというのに、仕事の段取りをテキパキやって、東京行き10時32分発の新幹線に飛び乗る。
目的は、パティ・スミスのライブである。

彼女は、当初、詩の朗読での来日だった。
ライブをやる情報はなく、んーーー!とうなっていたのだけど、大阪でのみライブが決定。再び天を仰ぐのだった。

しかし、その後関係者がいろいろ這いずりまわったのかどうかわからないけど、東京でのライブも決まった。
そして、昨日は休みをとって、日帰りで東京に行くことになった。
昼の公演もあったからで、昼公演がなかったら、諦めるしかなかったのでラッキーである。

小さい箱のパティ・スミスはよかった。
アコースティック・セットでの演奏は彼女の本質をより表現してくれたと思う。
そして、彼女の歌が、案外、初期の日本のフォークと通じることを発見した。
よーーく考えれば、初期の日本のフォークの純度の高さは、世界の一流ミュージシャンと同じかそれ以上のものがあった。

日本のフォークとかロックという音楽が純度を失い、スタイルだけの踏襲とヤンキー化がはじまる直前。パティ・スミスは突如ニューヨークから現れた。今、考えると彼女の登場はとてもタイミングがよかったのだと思う。

素晴らしいライブだった。
存在感について改めて考えた。
人は、決して単なる現象ではない・・・とも思った。
やっぱり生きているのである。

ところで、昨日の昼のライブは、一人できている好き者が多かった。
それも、結構な数の女性が一人できていた。
観客の純度も昨日は高かったのだ。

今日は朝から、パティ・スミスの初期の曲を数曲コピーして歌ってしまった。
これは、バンドでやりたいな・・。
うちの女性ボーカルにはピッタシだと思う。

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