月別: 2016年5月
【苦しめTAROお仕事LIVE】

2016/05/30(月) 08:31

急遽、帰還

昨日の午後、突然帰ることにした。
そして、今、新潟にいる。
明日の朝には再び東京に行かねばならないが、一日でも帰ってくると疲れが取れる。

風邪もひいた。
これも疲れが溜まっているところに、急に気温が下がったからだろう。
さらに、昨日の新幹線は冷房が強かったので、悪化した。

ここ数年の忙しさのせいで、分刻みが普通になっている私の日程は、昨日の突然の変更のために、これから大きな再調整をしなくてはならない。あー、あー、それをやるだけでも大変だー。
少しの変更ではびくともしない日程じゃないと、ダメだよなー。

つまり、余裕がなさすぎるのであーーーる。
さてさて、何を整理するべきか、んーーー、考えちゃうね・・。

【TAROの日記】

2016/05/20(金) 08:36

休んで仕事

昨日は、午後から休みを取って仕事をした。
変な日本語だけど、私は時々休暇を取って仕事をする。

これがとても具合がいい。
仕事の自由度が増すのだ。

しかし、そんなことは土日に仕事をやっても同じだろーという意見をあると思うけれど、これが実に違うのだ。
何が違うのかは一言では言えないのだけれど、やっぱり土日は土日なのだ。
どこかに仕事をしている罪意識がある。

それに対して休暇を取ると、「おまえは何をしてもいいのだー」という気分になる。
そして、やっぱり仕事をするのだけど、私は「おまえは何をしてもいいのだー」の気分で仕事ができるからいろいろと広がる。

昨日は、大量のお片づけに時間を使うつもりで休みを取ったけれど、たまっている仕事が片付くだけではなく、さらに新しいアイデアも手に入った。そして、かなりご機嫌な気分で風呂に入り酒を飲み、ギターも弾いた。

ただ事務所で机に向かっていると、お片づけだけで終わるところが、休暇を取って仕事をすると大きな収穫があるのである。

そして、本日はその余韻で突っ走れそうだ・・と思っていたら、本日は『まーけ塾』。来客もあったか・・・。んーー、やっぱり、仕事は休暇がいい。

【TAROの日記】

2016/05/19(木) 08:45

仕事VS身体

昨日の午後くらいから左肩が重い。
鬼のような仕事量をこなしているからだと思われる。この痛みは数日続きそうだ。

身体の反応は、敏感だ。
少しでも緊張感や過剰な労働があると症状で現れる。
これは、50歳を過ぎた私には、ありがたい反応でもあり、健康の秘訣になっていると思う。

よく考えてみると、若い頃は肩の痛み重さは慢性だった。
年がら年中違和感があって、それが当たり前になっていた。
40歳代前半などは、今考えるとよく生きていたと思う。

あの頃よりも、今の方が仕事量は間違いなく多い。おそらく倍どころではないだろう。
しかし、今は慢性的な疲れや痛みはない。
ここ数年のメンテナンスが確実に効いてきたのだと思われる。

仕事と身体もトレードオフの問題だ。
若い頃はこのトレードオフ問題について身体を無視する手を使ってきたが、今はそれができないのでこのトレードオフ問題を真正面から解決するしか方法がない。

そう悟って早や8年。
トレードオフ問題は増えていくばかりだけれど、仕事VS身体が一つの嚆矢になって、他の問題の解決にも役立っているように思える。
ここ数年私がやって来たことは、結局、そういうことに尽きるのだ。パーツを解体し、それぞれのトレードオフ関係を視覚化し、満足数値を定めて優先化。後は、フラフラと実行。

しかし、この効果は大きかったと思う。
そして、この方法を死ぬまで続けていくのだと思っている。
トレードオフの認知は宝の山である。
そして、

【TAROの日記】

2016/05/18(水) 08:31

プリンス~冨田勲~蜷川幸雄

んーーーーー、今年は1月のデヴィッド・ボーイからはじまって悲しい知らせが連続だ。
まー、プリンス以外は年齢的にもそういう時期に入ったからで仕方がないとは思う。

キース・エマーソンまでは、このブログでも追悼してきたが、プリンスあたりからは追悼している間もなく、続報が届く。

昨日、ある人から「蜷川幸雄のいない世界で、代わりはいるか?」と聞かれたので、当然「いない」と答えた。
晩年になっても”初期衝動”を芝居の中に畳込み続けた人はないなと思う。
彼は唯一無二である。

同時に、戦略家でもあった。
テレビでは、「蜷川幸雄は、演出家の名前で人を集めた」と紹介しているが、あんなの嘘だと思う。または、自分が「蜷川」という名前で芝居を見ているので、みんながそうだと勘違いしている。または、実は見たことがない・・のどれかだ。

行ってみればわかる。
あの場には、ジャニーズなどの若い役者目的のおばさんたちがいつもたくさんいて、休憩時間に、「なんか、ぜんぜんわかんないね」と言っている。
そのシーンは、休憩時の”おなじみ”だ。一体いつから、そういうシーンが常態化したかはわからないが、もう15年以上そんな感じだと思う。

ヨーロッパなどと違い。
日本では市場は育っていない。
そういう仕組もない。
それは芝居に限らず、音楽でも映画でもそうだ。
正直、大衆のレベルはとても低い。
そんな土壌で、ちゃんとした芝居をやるのに、いちいち市場を育てていては間に合わない。
そこで、若い役者をセットにする。これで大衆を呼び「わからない」と言わせながらも、その熱量を経験させ、癖にさせる。
そして、その型は花開いた。
おそらく、音楽や映画よりも健康的な状態にあると思う。

大衆を騙しつつ、虜にする。そこに理屈はいらない。
それを熱量だけで勝負する。
数々の名演出が頭をよぎる。
どれが一番だったか?

私はアレとアレとアレだ。
そして、アレも入れたくて、アレも捨てがたい。

・・・あ、冨田勲やプリンスののこととか書けなかった。どうしても直近の事件に気持ちは片寄るなー。

【TAROの日記】

2016/05/17(火) 08:31

刻み

4年前、昔の会社の同期の一人が退職すると聞いて、送別会に乱入。
若干、後輩たちからヒンシュクを買ったように思えたが、そんなことはどうでもいいので、久しぶりに楽しい再会だった。

でぇ、ちょっとしたことがきっかけになって、今度は同期みんなで集まった。
集合場所も、昔遊んだ温泉なんかにして、乙である。

その乙な場所で、たかが4年・・・・を思い知った。で、それはそれは最近のこと・・・のはずなのだが、どうも4年の歳月は結構長いらしい・・・。

4年前の再会時の典型的会話は、
「みんな、あんまり変わらないなー」

それが、今回は、
「年取ったな~」
である。

一体、4年で何があったのか・・?
いやはや、いろいろあったのだと思う。お互いに・・。
そもそも、参加メンバーの多くがこの4年でずいぶん人生が変わった。
役員になったのもいれば、会社辞めちゃったのもいれば、新しい事業をはじめちゃったのもいる(案外、私が一番変わってない・・?)。

でぇ、そんな変化の中で、みんないろいろ刻んでいるのだ。
そして、これからも刻む。

酒を飲みながら、「俺は、これからの10年で何を刻むのかなー」と思った。
ちょっと、刻み過ぎも感じつつ、そんなことを思った。
刻まないではいられないのだ。
でも、だから、刻み方が問題だ。それはそれは大きな問題だ。

同期会が終わってから、一人で『はちみつぱい@再結成』を聞きに行った。
昔、彼らとよく歌ったバンドである(間違いなく、20代にこのバンドの歌を温泉で歌っていた私たちは相当な変わり者です)。
『塀の上で』が染みた。

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