月別: 2016年4月
【苦しめTAROお仕事LIVE】

2016/04/28(木) 10:38

ポートランド

昨年行けなくて延期したポートランド・ツアーの日程が決定しました。

9/26-30です。
金額はまだ決まりませんが、ビジネス利用で100万円くらいになりそうです。
なんと、エースホテルを押さえました(凄い!!!)
エースホテルは14ルーム押さえているので、参加者は13名が限度かな?(2名泊まりならもう少し増やせますが・・)

毎度のごとく、希望者は、当社まで「仮予約」のメールを送っておいてください。
その場合、デルタ直行便かANA乗継便の希望も書いてください。
今回は、希望の方法で二手に分かれて現地に行く予定です(ただし、どちらかに人数が隔たった場合は一つにします)。

ちなみに、
デルタ直行は、おおよそ16:00発の9時着
ANA乗り継ぎは、おおよそ18:00発の14:00着です。

なお、ANA乗り継ぎのほうが7万円ほど高いです。

昨日、『まーけ塾』で怪しい内容を放言していますが、そんなことも実行予定です。

仮予約の方々には、詳細が決まり次第、案内を送らせていただきます。

【TAROの日記】

2016/04/27(水) 08:29

手拍子

ちょっと問題発言になるかもしれないが、手拍子が嫌いだ。

数年前、中野サンプラザで行われた某バンドのラスト・ライブは悲惨だった。
私の右の人と左の人のリズム感がおかしい。
両側の二人が、それぞれ微妙にズレている。
私はバンドのリズムと両側のそれぞれズレたリズムを聞かされてイライラした。
こんな体験は初めてだったが、まーこんな苦痛なことはない。
そして、困ったことに指摘が難しい。
「リズムがズレているのでやめて・・」とはちょっと言えない。

昨日も書いたが、ジプシーキングスのライブでの都々逸リズムにもまいった。
ハチロクとかどう叩いていいのかわからないんだと思うが、それなら手拍子なんてしないのが懸命だ。

ファンクの16ビートを8で叩く日本の会場にも驚く。
ファンクのライブとなると、それなりの音楽好きが集まっているわけだが、バンドは16でも、会場は8という景色はとても普通だ。ノレないことはないが、本来のノリとは違う。本当の心地よさを味わいたくなって不満はたまる。

そして、年配の人の手拍子は基本的に重い。とにかく重い。だから、リズムがあっていても何か気持ちが悪い・・というか邪魔なことが多い。

・・と偉そうなことを言っているが、私だってわからない。
自分の手拍子は聞けないから、実はどうなっているかわからない。

私たちは録音した声を聞くと、あまりの声の違いに驚くことになるわけだが、これは声の質だけではない。何でも録音、録画して、それを聞いたり見たりすれば、自分のやっているつもりのことと実際の差に驚愕するはずだ。
楽器をやっているとこのことが重要で、マメに録音して自分の演奏を確認する必要がある。
とにかく驚くほどに、自分がやっていると思っていることはやっていない生き物なのだ。

ライブでミュージシャンが手拍子を求めることがある。
こういう時は付き合えばいいが、私はわたしのノリを続けたいのであまり手拍子はしない。だいたい、みんなと同じことをするのは嫌いなので生理的にダメなのもある。
でも、私みたいな天邪鬼なんて放っておいて、みんなで手を叩けばいい。
しかし、その手拍子というものが迷惑になることもあるのだ。

クラシックのコンサートではないから厳密なことを言ってもはじまらないとは思う。
大きな会場でみんなで手を叩けば、必ずタイミングはずれる。音の到達時間が違うのだから当然だ(オーケストラは前に座っている奏者と後ろの奏者が微妙にタイミングをずらして演奏しているらしい・・)。だから、細かいことは言いっこなしであるが、しかしねー、時々、困るのですよ。さすがに、左右隣がリズム違っちゃやってたらやってられないでしょう・・。

そんなわけで、私の心の片隅には、若い頃から「手拍子禁止同盟」を作りたいという気分が微かにある。
でも、そんなことはこういうところに書くのも危険な時代である。
「自分のリズム感は棚に上げて・・」とか「自分ばかりわかっているようなこと言って・・」といった代表的な反応を筆頭に反感買うのは見えている。そういう反応も考慮して、文章は書いているつもりだが、まー、そんなことは関係がないのが常だ。

市場がどんどん細かくなっていく方向の奥底にはこんな個人の気分の集合があると思う。
あらゆるワガママが実現可能になった時代、人びとは限りなく同じ価値観を求める。その方がストレスが少ないから当然だ。
同時に、より遠いものとの接近にも熱心になる。

・・・という時代のことを書こうと思ってたら、暴走した。
この件は別の所で書こうと思う。

【TAROの日記】

2016/04/26(火) 08:43

代表して、オーチャードホール。

どういうわけか・・・・。でも、当然のことでもあるが・・・・。でもーーーー、やっぱりどういうわけか。オーチャードホールの景色が辛い。

ちなみに、オーチャードホールとは東急文化村内の大きなハコのことである。
以前も書いたが、昨年のキングクリムゾンは、2003年来日時と客層がまったく違っていた。
ライブは悪くなかったが、客層の大きな違いには驚いた。

同じくオーチャードホールで行われたジプシーキングスは最低だった。
演奏は悪くないのだが、客席の手拍子が都々逸なのだ。

私は80年代後半のフランス発のムーブメントからこのバンドを知った人間なので、その時の雰囲気を予想してライブに足を運んだが、オーチャードホールの景色は、それとは真逆のものだった。
よーく考えてみたら、CMに使われているわけで、それでファン層を広げたらしい。
一緒に行った奴の中には、『ボラーレ』を彼らのオリジナルだと思っている者もいたが、まー、会場もそんな雰囲気だった。

でぇ、ディランである。
毎回予測を超えてくる、裏切ってくるディランであるが、今回の裏切り方はちょっとついていけない。
カバーアルバムを出していることは知っていたが、そのカバーアルバムの方向で来るとは・・。
正直、フランク・シナトラや枯葉を聞きたいと私は思わなかった。

そして、会場の重い手拍子。
リズムが重いのだ。これで、ライブは完全破壊である。

あのライブハウス・ツアーに来ていたアウトローな若者たちはどこにいったのか?
オーチャードホールは老人で溢れていた。

今回のディラン。あれはあれでいいのかもしれない。
しかし、直近2回のライブハウス・ツアーの洗礼を浴びた者には、どうにも居場所のないコンサート(ライブじゃない)だった。
手堅い演奏は素晴らしかったが、会場の重い重い手拍子が気になちゃって、違和感大だった。

しかし、どうしてここまで会場に来る人が変わってしまうのか?
確かに、スタンディングのライブに老人が来ないのはわかるが、あの若者たちはどこにいったのだ。嗅覚がするどいとしか思えない。

その嗅覚がない私は、オーチャードホールに代表されるようなハコでのライブはなるべく避けることにした(今さら、何に気づいてるんでしょうね・・)。

考えてみると過去5回連続、私はこのハコのライブに良い思い出がない。
そういえば、この間のパシフィコ横浜のディアンジェロもオイオイものだったよな・・。
PAがダメダメだったのからはじまって、JB見せられたことまで私は大いに不満だ(ネットでは、みーんな褒めてるけど、謎だよな~)

そういえば、プリンスの追悼してなかったなー。
そろそろ来日か・・勝手に思っていたのでショック過ぎる。
でも、オーチャードホールでライブやるより・・・・・・と自分を慰めるのだった。

【苦しめTAROお仕事LIVE】

2016/04/25(月) 08:36

東京~成田~九州~東京

2週間というのは、おおよそ一年の24分の1。
あっという間に24のうちの1つが通り過ぎ、今は4月の下旬。すでに、24分の1は8回くらい通り過ぎている。

しかし、その24分の1は、さすがに24分の1のことだけはあって、意外に長い。
今回の出張2週間は、そう思えた。
それは地震があったせいかもしれないし、そうではいのかもしれない。
そして、地震騒ぎの九州に行ってきたからかもしれないし、そうでないのかもしれない。
忙しさに忘れて、買ってあった落語のチケットをムダにしたからかもしれないし、そうでないのかもしれない。
映画は2本見て、ライブを1本見て、トークーショーを1本見て、芝居を1本みたらかかもしれないし、旨い料理屋に3件ほど行って、酒を飲む日が多かったからかもしれないし、バンドの自主練習をやったからかもしれない。でぇ、やっぱりそうじゃないのかもしれない・・。
あ、そうだ、忘れていた。成田で3日間のセミナーをやったじゃないか、でぇ、それのせいかもしれないし、そうでないのかもしれない・・。

2週間って短いけど、まー、けっこういろいろできるのだ。
特に、55歳が射程距離に入り始めた私は、最近、妙に生き急いでいるかのように、忙しい。
仕事は更に増えているというのに、英語の勉強をはじめてしまったり、ギターはギターでさらにディープなことやりはじめているし、そのほかにも探求をはじめてしまったことがあったりする。
そんなわけで、最近、読書ができない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

悩みといえば、読書ができないことだ。
限られた時間の配分が、読書時間の強烈な短縮として現れたのには参った。
読書は、地道な作業だけど、ノルマ的な思考が一切いらないので、案外、割を食うのだということを、今さら知る。

今までは呼吸するように読んでいたのに、それができなくなってしまう・・というのは窒息ってことだよな・・。

そうなのだ。
私は今窒息中なのだと思う。
しかし、これは毎度の洗面器に顔を突っ込んでいる状態とも言える。
そして、今日なんて、正にそんな感じだな・・。
あー、早く、連休になれ!
そこで、一気に調整だーぁと思う今日此の頃。

大きく呼吸して、本日も洗面器に顔を突っ込みます・・。

【TAROの日記】

2016/04/11(月) 08:31

桜 増殖

今年はツイていた。
東京でも田舎でも桜の満開を堪能。
いつもは、東京でも田舎でも桜のタイミングに嫌われていたので気持ち悪いくらいである。

そんな桜の見頃を堪能したことで気づいたことがある。
世の中、桜だらけなのだ。
え、ここにも?というところに桜がある。

東京では渋谷の桜に驚いた。
町並みの夜桜はとてもきれいで、こんなところに桜があったのかと驚いた。
私には、目黒川の桜よりきれいに思えた。
出店がないだけで、こっちの方が良い。

私の田舎の家の周辺も桜だらけだ。
元々、軍隊があった頃に、桜を推奨した土地柄だけに桜はそこらじゅうにある土地だが、それにしても桜の増殖度が凄い。

きれいだから、文句はない。
これでいいと思うが、やっぱり違和感はある。
どうして、こんなに桜が増えたのか?

さらに、我家の庭の桜も大きくなってきれいな花を咲かせてくれた。
「なんだい、お前の庭にもあるんじゃないか!」って突っ込まれても、「はいそうです」しか言えない。むしろ、来年あたりから木の下で宴会ができると喜んでいる・・。

新潟の事務所近くの桜も5年後には、相当凄みのある景色を見せてくれそうだ。
もう植えてから10年くらい経っているのだろうか?
うちの桜が20年以上経っているはずだから、そんなものだろう。

20年前か・・。
1990年代である。
当時の日本も暗かったが、みんな夜明けを見ていたと思う。
DAWNな気分が強かったと思う。
でも、今はDUSKな気分のほうが強そうだ。

数年後、日本はもっと桜だらけになるだろう。
桜はこれからどんどん大きくなって、ピークを迎える。
その時、私たちはどんな気分でいるのだろう?

見えるものの美しさは心の中で決まる・・というようなことを言ったのは誰だったか?
数年後のピークの桜が美しいか、それとも空虚に思えるかは、その時次第だが、私のような皮肉屋には、空虚に見える可能性が大きいように思える。

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