月別: 2014年4月
【TAROの日記】

2014/04/30(水) 09:24

景色がなじまない

生まれて初めて、ゴールデンウィークに旅行に行った。
前半だったからか、沖縄の海は空いていてよかった。

おそらく、これを最後にゴールデンウィークに旅行に行くことはないと思う。
今回はツイていたけれど、基本的には混む時期だ。
子供の関係で、こういう時期になってしまったけれど、正直なところヒヤヒヤものだった。

沖縄の海は4月1日が海開きと聞き、泳ぎに行ったつもりだったけれど、水は冷たかった(これも空いていた理由か?)。
全面快晴な日がなかったせいもあり、結局、泳げなかった。

代わりといってはなんだけど、初スキューバダイビングを経験した。
初心者コースのため思ったほどには潜らなかったからか、海外で経験したことのあるシノーケリングと比べると、「こんなものか・・」という感じだった。でも、海の中で呼吸ができるのはいい。

こういうところに来たら、「またやろうー」とは思ったけれど、これが趣味になることはないとも思った。わたしは、やっぱり山屋なのだ。

1月の年頭セミナーが沖縄で、その時の空気感がよくて、家族で再訪してみたけれど、やっぱり独特な空気がいい。
今まで縁のない場所だったけれど、また来ようと思った。

新潟に帰ってくると、お馴染みの雪模様と新緑の景色があった。
その景色が目に飛び込んでくると少し戸惑った。
頭が情報処理に困っているらしい。
そのうち慣れると思うけれど、何か変だ。
沖縄の海の景色にそれだけ馴染んでしまったらしい・・・・・・・・。

連休後半は例年通りに仕事三昧。
沖縄にいる間にも、メールで仕事がどんどん降ってくるので困った。
でも、仕事が降ってくる景色があるから、のんびりできるんだろうなーとも思った。

さて、迫り来る仕事たちとどう格闘するか?
頭はスイッチが入っているけど、身体がまだなので、ゆっくりと動き出そう。

【TAROの日記】

2014/04/25(金) 08:50

旧道

昨日の朝は、『まーけ塾』の後のお泊り飲み会から職場に向かう。
仕事に溺れている状況下で何の余裕もないというのに、天気が良かったので、ゆっくりと旧道を走って事務所に向かった。そのため少し遅い出勤になった。

旧道を通るのは何年ぶりになるか?
バイパスや高速道路ができてからかなりのご無沙汰である。

旧道を走っていると死んだ父や母のことを思い出してしまった。
旧道というと、彼らとの移動の思い出が強いらしい。

おそらく、これからも道は変わる。
目の前の変わってしまった景色は、これからも変わり続ける。

家の壁に鳥が巣をかけていた。
いつつけたのかはわからないけど、最近のことだろう。
事務所の前では、大きなスーパーの工事がはじまった。
もう少しで新幹線も通る。

今の目の前も、そのうち旧道になる。
そして、一部は思い出となって刻まれていく。
でも、ほとんどは、鳥の巣と同じように忘れていく。

実は、旧道との邂逅で、一番感じることはそのことだ。
なんとなく昔の匂いは感じるけど、実は何も覚えていない。
そのことを考えていると、ノスタルジーという言葉の深淵さに気づく。
この言葉は、ヌミノーゼと同じくらいに、不可思議な感傷を扱った言葉だと思う。

【TAROの日記】

2014/04/23(水) 08:44

サイン

ここ15年ほど、申告書のサインもすることがない・・というのに、昨日は、ある契約のために大量のサインをする羽目になった。
それも、住所も書かねばならず、さすがにまいった。

さらに、仕事が超忙しく、昨日は事務所にいながらブログも書けないありさま。その超忙しい&期日が迫っている溜まっている仕事の山の状況の中で、合間にサインを進める。

サインの相手は私が仕事をしたりサインしたりするのをただ待つ・・というおかしな景色を繰り広げつつ、とりあえず疲れた。
仕事よりも疲れた。とにかく疲れた。超疲れた。こんなこと毎日している人間がいるとしたら、凄い人間だと思った
そして、改めて事務仕事が大嫌いな自分を知った。

今日も、仕事以外にもいろいろあって超忙しいのだけれど、「超忙しい」の原因は、仕事よりも、その他もろもろの方にあるような気がする。粛々と仕事をしていれば何の問題もないのかも?

そういえば、家族旅行も近いな~。忙しいわけだ・・。

【TAROの日記】

2014/04/21(月) 08:49

よーやく家に帰ってきた

今年は、地元の桜を何年かぶりに見ることができた。
長期出張の合間に、一日だけ帰ってこれたからだ。

最近は、花見会場が凄いことになっている。
外で宣伝をしてからだろうか、大量の人がやってくる。
当然そういう場面は避けたいので、朝6時くらいに一人で花見会場で遊んでくる。

数年前までは10kmくらい先の花見会場には家族5人でチャリンコで行き、遊んだものだけど、仕事でバタバタして行けなくなって数年。二人の子供は東京在住。もう、家族で花見に行くことはなさそうだ。

そのため、ウロウロしていると昔のことを思い出してしまう。
年を取ったものである・・・。

それから1週間が経ち、今度は、高校の同窓会があった。
2011年に初めて同窓会が行われて、それから3年ぶり。前は、約30年ぶりだったので懐かしかったけれど、今回はただ戸惑った。

同窓会と言っても知らない人が多く、その知らない人とどういうわけか一緒に飲んでいる・・というのが無性に変な感じだった。
もちろん懐かしい人もいるけれど、3年前のような感慨はない。だから、どうもそれぞれの温度のすり合わせしているだけのような気持ち悪さが残った。

来賓の5人の恩師の若々しさが印象に残った。
仮説だけど、人の若々しさというのは、知的好奇心の量が決めるような気がする。
ビジネスの世界、特に地方特有の権力的な欲の中にいながら衰えていく人達の姿と、恩師5人の若々しさは対照的に感じた。

【TAROの日記】

2014/04/03(木) 08:40

コンテキストが邪魔

この季節の山の景色は格別だ。
私はこの景色とともにいたくて、この地に住んでいる。
そして、今日の通勤時には、春を感じさせる壮大で真っ白な山並みが目の中に飛び込んできた。

その景色が飛び込んできた瞬間、私は、今がいつなのかわからなくなった。
今はいつで、どこなのか?と思った。
ただし、すぐに我に返り、今は2014年の4月。もう4月になってしまったよ・・と思った。

一体自分に何が起きたのかわからないけれど、見ている景色からコンテキストが消えて、ただ景色だけがある・・という瞬間だったように思う。

最近は、何にでも、コンテキストやテキストがつきまとう。
そのため、思考が先になって、体感が薄れる傾向にある。

それがこうじて、輸入牛でも神戸牛といって売るようなことが行われてきたわけだけど(私の学生時代のバイト先のシティホテルもそうだった)、そんなことは昔から当たり前にやられていること。問題発言かもしれないけれど、純粋な体験を消費するような高度な消費者はそんなに多くないのだから、むしろ、コンテキストによって寒い消費が豊かになっている可能性さえある。コンテキストをアテにするから、逆に利用されるわけである。

谷川俊太郎は、「邪魔するな!言葉・・」というようなことを言ったが、私も「邪魔するな!コンテキスト」と言いたい。

だから、「日本100名山」など、人をバカにしているとしか思えんし(深田久弥が個人的に言うのはかまわない)、『ベスト10』なき世で、外タレ有名人のライブに人々が押し寄せるのも好きになれない。ミシュランなんてもっての外だし、食べログなんて冗談でしかないな・・・・・・・。

本日朝の山の名前さえ消えた瞬間は、同時に、自己の存在の懐疑でもあって、しかし、そこに存在がある・・みたいな感じだったなー。コンテキストがなくなる瞬間は本当に素敵だと思った。

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