月別: 2013年8月
【苦しめTAROお仕事LIVE】

2013/08/23(金) 08:27

本日バタバタのため、一言

            悪あがき

【TAROの日記】

2013/08/22(木) 08:22

しばし待つ

朝、納豆を冷蔵庫から出して、醤油を入れて、クチクチした。
ご飯を入れて・・・と思ったら、ご飯がない。

炊き忘れたらしくて、炊飯器には研いだ米が入っていたので、ドキドキしながらスイッチを入れた。
よくわからないけど、スイッチが入ったので、ご飯は炊けるのだろう・・と思い、しばし待つ。

そのうちカチって音がしたので、さらにしばし待つ。
「5分くらい待てばいいよ」と言われたけど、さらにしばし待つ。

そして、納豆を再度クチクチして炊きたてご飯を入れて食べて驚いた。旨い!!
とにかく、むちゃくちゃ旨い!!

おそらく、納豆を冷蔵庫から出して、さらに空気に触れさせて置いておいたのがよかったのだ・・という結論に至る。
料理人というのは、こんなことをいろいろ実験して、旨いものを作っているんだろうな・・と思った。

「待つ戦略」というのは、私がよくお客様に提案する一見後ろ向きだけど、実は強力な戦略だったりするわけだけど、納豆でもそうなのか・・!!と妙に感心した。

ちなみに、現在、私は久しぶりに本を書いている。
書きたくない気持ちが最強で、ここんところ、ずーっと書いていなかったけれど、書き出してみると面白い。
何が面白いかって、納豆同様に、アイデアが熟成して形になる過程が楽しい。
ただし、そのためには、自分を一回谷底に落とす必要があって、それが嫌で毎度抵抗しつつ落ちていくわけだけど、その後旨いものが食えるというのは良い。

そういえば、人にも熟成があると思う。
しかし、その熟成に抵抗する奴は案外多いと最近感じている。
私には、「今のオレ」が通用すると思っていることが甚だ疑問だ。でも、通用すると思ってるんだよな。相当な自信家だよ・・。

そんなことを考えていたら、今年も年末恒例の「あの」セミナーはやらなきゃいけないな・・と思いつつある。
会場だけは取ってある。12月頭です。ピンと来る方は、田櫓にでも聞いて下さい。
本当は、モンゴルで燃え尽きたのでやりたくないんだが・・。

【TAROの日記】

2013/08/21(水) 08:22

車の中

朝の通勤時間を含めて、車の中の生産性と付箋発見性(打ち間違いではありません。これは、一般的には知られていない私周辺の概念です)はとても利用度の高いものだと思っている。

本日は、朝は、3つほどの質問を車の中でやってみた。
オカモトくんが問い、オカモトくんが答えるわけだが、ほとんど、オカモトくんは答える必要はない。問うたオカモトくんが、サクサクと答えを出すからだ。

中に、一つ難問があって、その難問については、いろいろ質問のニュアンスを変えて聞いてみると、あるニュアンスにしたときに違和感がなくなっていった。私は、それで難問の答えを得た。そして、同時に自分の心の在り処が随分変わってきたことに驚いた。

気分的には、学習1が学習2になった感じ。
何か大きなアウフヘーベンが起きている・・みたいな感じ。

とにかく、自分の心は、どうも違うところにあったのだ。
どうして気付かなかったのかと思うけど、人間は毎日の延長線で生きているので、これがさっぱり気づかないようであーーる。

次に、気づいてしまったことはいいとして、それを受けて自分はどう動くのか?という疑問が湧いた。
しかし、すぐに答えは降りてきた。「すでに、はじめているではないか・・」。

なるほどー、ここんところはじめている行動は、ここでつながるのか・・と一人感心。
そして、これから、このことが広がっていくのだな・・と少し思った。

こうして、私は発見した。
意外なところに書いてあってびっくりだ。

・・・・・という通勤を本日はやりました。ムダはないな~。

【TAROの日記】

2013/08/20(火) 08:26

村の祭り

昨日は、村の祭りで、獅子の役をやらされていた。
仕事が忙しいので、息子にやらせるつもりだったら、20歳以下はダメだと言う話になって、急遽、飛んでいった。
息子が高校生になったので、もう子供にやらせておけばいい・・と思っていたのが甘かった。

そういうノルマは仕事との調整もあってめんどくさいけれど、素朴な祭りが残っているのはいい。
残念ながら、夏祭りの規模はだんだん小さくなっていて、今年も現実に合わせて役割が少なくなっていた。

役割が少なくなったからだろうか、何年もやっていて初めて気づいたことがある。
行列の一番前が天狗なのだ。

天狗って、基本的に境界線の向こうの人のメタファーでしょ?
それが、神社に向かう列の一番前ってどういうことよ?
・・・と今頃思った。
引っ越して14年くらいになって、初めて気づくとはマヌケなことだ。

でぇ、調べました。
天狗は、猿田彦らしい。
なるほどー、あの神社に向かう列は、天孫降臨ということなのね。
猿田彦が先導し、神が神社に入る・・と勝手に理解した。
しかし、その列の出発の場所が、我々が酒を飲んでいた宮司さんの車庫というのはどうなんだろう・・とつまらないことも考えてしまった。

しかし、私がやった獅子は何なんだろう?
こういうものには、獅子舞は付き物・・という軽い意味か?

村では、私たちがやらされる行列を「おのぼりさん」と呼ぶ。
本職の宮司さんとかよくわからない人たち大勢が列を構成する。
そのひとりひとりに意味があるのかもしれないと思ったら、今度飲むときにでも聞いてみようと思った。

この役目が終わると、夏も終わりだーと思うのだけど、まだ暑さは続きそうだ・・。

【TAROの日記】

2013/08/19(月) 08:31

邂逅

土曜日に、久しぶりに山の仲間達と会った。
会っていない人で約30年、比較的短い人で20年。
昔は、毎週会っていたような人たちなので、その懐かしさもひとしおだった。

昔、仲間の何人かでテントを張っていた時、酒を飲みながら次のようなことを言った記憶がある。
「今、みんなと山行を続ける日常は、涙がでるほど楽しいけれど、これもいつか終わる。それを考えると、この楽しさの日常化ってできないものかと考えるんだよね」

おそらく、当時の私は25歳くらい。そして、この時に、決めたのかもしれない。
どこまで、この楽しさを日常化できるかを・・・。

それで、この時から12年後くらいに、田舎の土地を買う・・というところに至る。
そして、仕事を含めて、まるで、山を縦走するかのように、向こうにある何かを探し続けている感じがする。

・・・・・・・・

昔の仲間との集合場所は、ある山の頂上で、私が着くと、3人が先に来ていた。
そして、それから4人が上がってきて、しばし再会を喜び、そのうち私を残して、みんなは去っていった。
・・というか、みんなが昔と同じように粛々と帰り支度をはじめたら、無性に一人でそこにとどまっていたくなって、「俺は、降りねー」と宣言。「あいかわらずだねー」というような顔しつつ、みんなはそれぞれの来た道を去っていった(登ってきた道もそれぞれ違うのです)。

一人残された私は、寝転びながら、空を見た。
適度に酒も入っていたので、いつも以上に空は綺麗で、いろんなことを考えた。
そして、時間って何なのかと思った。
自分が研磨機に入っているような感覚もした。

ずっと、そのままいたかったけど、1時間ほど経って帰路へと向かった。
来た道を下りはじめると、今まで思ったことのないようなナニカを感じた。
このナニカって何のか?
掴めそうで掴めないナニカで、そして、それは絶対に掴めないもので、名前を”人生”というのだと思った。
それを月並みな言葉で言うと、来た道なんてどうでもいいのだ!ということなのかもしれない。

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