月別: 2007年4月
【無理に哲学】

2007/04/27(金) 05:55

マンガ原作の映像

映画やテレビドラマが漫画や小説の原作を持ってくるのは今にはじまったことではない。
しかし、最近はマンガ原作の映像が急増しているように思える。

この間、テレビで『セクシーボイス・アンド・ロボ』をやっているのをたまたま見た。さすがにびっくり!
こんなものまでドラマに移し替えるなんて!!(それもテレビ・・)

アマゾンのランキングを見ていると、そんな原作マンガが放送と共にランクインしていたりもする。
なんだか、80年代の流行歌の売り出しみたいだな・・なんて思ったりもする。

そういえば、昔は『幕末太陽傳』のような落語が原作というのもあった(一部流用が正しい?)
あの映画の「居残り」の流用には、原作のリズムがよく出ていた(噺家にもよるだろうけど・・)。

そんなわけで、普通にしていてもマンガ原作の映画に出会ってしまう。
映画『さくらん』を時間つぶしで見ることになったのは、そんな理由。
椎名林檎が音楽だからか、林檎のコンサートの客層。女の子だらけ。待っている間、居場所がなくても困った。

安野モヨコの原作には、変調子のような変わったリズムがある。
その雰囲気と林檎の音は合う。
クレジットで林檎の名前が監督名よりも前にあったことからも映像と林檎の音楽の結びつきは、脚本よりも大事だったように伺える・・。
しかし、映像と原作のリズムは違うと思った。

林檎好きが裏目に出たのだ。
物語の当初は良かった。林檎音楽のプロモーション・ビデオのような展開には原作と似たようなリズムがあった。
ところが、三分の一くらいを経過したところで、物語を紡ぐ重力に負けたっていう感じ。

そこで哲学。
「思いこみの勢いと後半の失速。それは人生なり」

この思いこみの勢いと後半の失速って自分の仕事にもよくあるパターンだよなー。
と言うか中小企業周辺でよく見る景色。

勢いを持続して最後に統合するという美しい姿がいつもできるといいんだけど・・。
当然、これが完璧にいくときは儲かるんだよな。

映画『さくらん』はそんな点で非常に参考になった。

【無理に哲学】

2007/04/26(木) 05:31

『写楽』という謎

10ヶ月で127枚の絵を残し忽然と消えた写楽の謎。

127枚というのが多いのか少ないのかはわからない。
現代にもよくある覆面バンドのように、蔦谷重三郎がプロデュースしたプロジェクトだったと(そういう視点での映画もあったな・・)言われることもある。

この謎っておしゃれである。
江戸時代ってとっても豊かだったんだろうね。

ドラッカーは「人々にどのような記憶を残したいか?」という問いからミッションについて考えることを推奨した。
でも、「人々にどのような謎を残したいか?」という方がおしゃれじゃないかな?

まぁ、切り口が違うだけで同じ事かもしれないけど、ドラッカーの問いについて考えていたら、そんなことを思った。

そこで無理に哲学。
「人が動けば、謎が残る」

クロマニヨン人の時代から、謎は最高のお駄賃なのよね。

写楽の十ヶ月こそが記憶なんだよ!>ドラッカー先生

【無理に哲学】

2007/04/25(水) 06:13

リズムと内容

仕事で一番大事なのはなんだろうか?

そんなものは人によって考えは違うだろう。

でぇ、自分は何が大事かを考えてみると、リズムだと直感した。
個人的には、リズムが大事だ。
リズムのない仕事って大嫌いでもある。

このリズムというのは感覚差が大きい。
自分の好きなリズムは、激しいポリリズムとヘッポコなハチロク。
この2つ差が体内の中で時期を合わせてやってくる。
そして、それが組織のリズムにもなっている。

リズムと内容は相関する(と思う)。
しかし、時々、リズムを重視しすぎ内容が浅くなる場合がある。

経営者としての正念場は、このリズムと内容が相関しなくなる「時」にくる。
こういう場合、起こりえるのは2つ。
内容は十分だけど、リズムが失速。
リズムは素晴らしけど、内容が破綻。

このアンバランスは同時に起こることもある(組織のスタグフレーションだね!)。

ところで、リズム。
リズムとは、私生活と組織の淡々。何か起こると乱れる。
だから、何も起こらない・・という価値はとても重要だと思う。

そこで無理に哲学。
「なんだか、いつも同じだな~という毎日は、凄い価値なのね・・」

あー、出張が続くとリズムが乱れるんだよな~。家に帰りたいよーぉ。

【TAROの日記】

2007/04/24(火) 05:46

東京ミッドタウン

やっと、東京ミッドタウンに行くことができた。
1時間ほど回り、ワインバーでカリフォルニア・ワインを飲んで帰ってくる。

個人的な印象を言うと、再び大きく動く消費の進化を感じた。
これは六本木ヒルズにはなかった。

しかし、ここには人の消費センスがもっと大きく動く予兆がある。
個人的体験では、糸井重里が「不思議大好き」とコピーした時代の空気に似ていると思った。
そして、その空気は当時のものとは大きく違う。

焦りを感じた。
消費の進化に、消費者である自分がついていけない恐れを感じた。
そして、世の中には、すでに落ちこぼれた消費者がたくさんいる事実に気づいた。

消費は「二極化」などというものではなく、全く違う生物として勝手な進化をはじめている。
人は、この流れにもついていかなくてはならない。

当然、傍観も可能。
しかし、ついて行くべきと感じた。

ある種の労働感は、こういう現象を見たときも高まる。
人は「未知」を生み続ける。
進化し続けることを景色でみた感覚。

そんなことを空間で思った。

アートが主導する時代は、さらに深みを帯びた。
それ以外は、ノーインタレストの海に埋没する。しかたがない・・。

【最近賞味したもの】

2007/04/23(月) 05:32

ベック

「ベックに行く」と言うと、「ジェフベック?」と聞かれる。

一緒についてきた友人もジェフベックと思っていたそうな・・・(ついてくるんじゃないよ!)。

おいおい、今、ベックと言えば、「オレは負け犬だー」と言って世の中に現れたベック・ハンセンしかいないじゃないですか!
確かに、ジェフベックの病気ギターは最近の新譜でも健在だったけど、ベックと言ったらベック・ハンセン。

そのベックの2年ぶり、個人的には初めてのライブ。
ディズニーランド疲れで行ったため、ボケーとしてようと思ったけれど、そんなことは許しちゃくれません。
結局、ほぼ立ちっぱなしで叫んでいた。

観客の年齢層は当然のように若く。
最近では、ラブサイケデリコの観客層に近い。
おっさん皆無。スーツ姿少。
シャープで簡潔なステージにこっちも若返る。

ちなみに、ステージ後ろではベック達のパペットが疑似演奏。スクリーンには始終パペットが映っていた。

カラオケの「ルーザー」ではじまり、実際の演奏に移行したオープニング。
そして、パペット。
生演奏と食器によるリズム。
本物と疑似。そして、シミュラークル。

アート的なセンスと冗談を散りばめたシャープなステージは、いまだにジェフベックとか言っているようなおじさんこそ見なくてはいけない。

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