【勝手に音楽話】

2005/02/27(日) 08:22

「火の玉ボーイ」 鈴木慶一とムーンライダーズ

日本最長のロックバンド ムーンライダーズ。
結成30年まで後少し。
来年の30年記念は激しく激しく色々やってもらいたいものだ・・・・。(老体にムチ打って!)

そのムーンライダーズの歴史は、このアルバムで始まった?
前身バンドの「はちみつぱい」が何となく消滅し、鈴木慶一のソロアルバムに近い形でムーライダーズは出現する。

当時中学3年生の私は、いわゆる「ジャケ買い」で手に入れる。
雑誌「ライト ミュージック」(おお!懐かしい・・)の広告でかなり刷り込まれていたのか、あっさりと買ってしまう。
この頃の日本のロックは超マイナー。周りはハードロックの全盛時代。ツェッペリン派とパープル派に分かれてた。(ちなみに、私はツェッペリン派)

そういう状況下で「ムーライダーズ?何じゃそりゃ!」って言う時代である。
でも、彼らの状況はまったく改善なし。今も「ムーライダーズ?何じゃそりゃ!」である。
「ミュージシャンズ、ミュージシャン」という喜んでいいのかわかならない冠をもらい、いわゆる玄人筋には濃いファンが多数。2003年にはケラノビッチがムーンライダーズの曲でミュージカルを作る。(奥菜恵がかわいかった・・)
名盤「アマチュア アカデミー」も何とか再発。(この名盤が廃盤だっただもんな・・)
そして、この「火の玉ボーイ」も重量版LPが再発。(これで、LP、CDを合計で4枚も所有することになるぞ・・)

このアルバムは、デビュー前の矢野顕子をはじめ日本のロック人脈総出で作ったようなアルバム。(そういえば、一時「学芸会ロック」と言われていたな・・)
当時の日本のロックの気分と「ここからはじまる」という感覚が凝縮した歴史的名盤。

約30年前というのに、このアルバムは今でもローテーションに入れている人は多いことでしょう。そういう長く聞き続けられるアルバムは少ないよな・・。

決して成功者ではない。でも、今でも最先端。一番前を歩くことだけがアイデンティティー。
そして、好きなことをやりつづけることがアイデンティティー。

おじさん達に影響を受けた人たちは多数。そして、多くの人たちが活躍をしている。
人は何も全てを自分でやる必要はない。引き継がれる流れがある。
そういう意味では、日本で最も成功したバンドの一つかもしれない・・。

「「火の玉ボーイ」 鈴木慶一とムーンライダーズ」へのコメント(1件)
  1. こんにちは。ピボットです。
    ここのところ岡本さんのブログに音楽ネタのコメント
    が増えてきてうれしいです。(あ、そんなこと言っちゃまずいか。。)
    それにしても、ムーンライダーズ!
    これもまたあまり聞いてないですぅ。
    私にとっては70年代の終わりから80年代にかけて
    YMOがヒットしていた頃に、その周辺の人脈で鈴木慶一の
    名前を聞いたのがはじめです。そのせいなのかロックの人
    というよりはアバンギャルドなイメージがついていてなかなかなじめ
    ませんでした。高橋幸宏とのユニット(確かビートニクスだっけ)を
    当時YMOに狂っていた弟が買ってきたけど、全くわかりませんでした。
    おそらくムーンライダーズも今聞けばだいぶ違うように聞こえるんでしょうけど
    どうも、最初に変なイメージがつくと後々まで食わず嫌いになるようで
    いけませんね。(でも、YMOは好きでした。その後、細野晴臣を遡って
    ティン・パン・アレイなんて聞いたりしているんですけどね。)

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