岡本 吏郎

岡本 吏郎(おかもと しろう)

経営コンサルタント、税理士。
1961年・新潟県生まれ。明治大学卒業後、10年間の金融機関勤務を経て独立。現在、戦略的財務から経営戦略、マーケティング、債務対策まで幅広く指導する経営コンサルタントとして活躍中。株式会社ビジネスサポートあうん代表取締役。

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本

税理士でもありコンサルタントでもある岡本吏郎のベストセラー。戦略・マーケティング・税務を斬る!

2017/01
18
水曜日

[TAROの日記]

ベターと開脚

あの「ベター」というのは、視覚的にもそそるものがある。
その表紙のせいかどうかわからないけど、本はベストセラー。

気づいたら、我が家にも本があって笑った。
それも買ったのは、どうも私らしい。
ブームになってから、我が家にも本があることを発見したくらいだから、完全に表紙にやられたのだと思う。

このことを周辺の専門家に言うと、「あなたでも、買ってしまうのか・・」と呆れ顔。彼らの常識では、あんなことはやってはいけないらしい。

毎度のことだが、自分が専門とすることでバカなことが言われていると、「あんなのダメよ」と思うし、そうアドバイスしているのだけど、守備範囲を超えると途端に騙されるの。
特に、健康系にはとても弱い。それも専門家の間でいろんな議論があって迷走しているものもあるから、そんなものである。

人はなかなかお利口に生きていくのは難しい。
まー、答えがないのだから仕方がないけれど、もう少しなんとかならないか・・と思う。

ところで、私は、今、ここに書いたら、誰もが喜ぶとても得することを知っている。もちろん、そのことはここでは書かない。書いてしまえば、"おいしさ"が吹っ飛ぶ可能性が大きいのだから仕方がない。まー、そんなものである。

こうして、ネットには、あまりおいしい話はない。そこそこの情報とウソが乱舞する。
本屋さんには、素晴らしい情報もたくさんあるが、目立つのは、やっぱり、そこそこの情報とウソである。

この間、東京駅近くの丸善書店に行った。本屋に行くのは久しぶりである(本好きの私がこうなってしまったところに、大きな問題があるよなー)。
1階しか行けなかったけど、アゼンとした。大げさではなく、軽く吐き気がしてすぐに出た。
昔は、本の表紙を見ているだけで、ワクワクしたものだけど、どうなってしまったんだろう?
まー、「ベター」に反応してるから偉そうなことは言えないけど・・。

2017/01
16
月曜日

[TAROの日記]

年頭セミナー@金沢

今年の『年頭セミナー』は金沢。
北陸新幹線には、毎月何回も乗っているというのに、金沢方面に行ったことがない・・という理由で選んだのだけど、旨いものを堪能したかったのも大きい。

ブログなどで、「旨いもの食べました!」なんて書くことは、一番やりたくないことだけど、旨いものは旨い。
旨い店が多い金沢が私の住む場所から1時間で行けるようになったのは大きい。なにせ、新潟市に行くよりも便利になっちゃたのだから・・(ってことを、今頃知った)。

金沢に初めて行ったのは、高校1年生の春休み。
雪の降る中を、ロードレーサーで行った。確か、220kmくらいはあったと思う。
さらに、泊まる予定のユースホステルが、郊外の山の中で金沢についてから、さらに長くて辛い坂を1時間半くらい走らされたと記憶している。
そして、翌日には能登半島に旅立ったので、金沢の名所は兼六園の前を通っただけ。
それ以降、金沢との縁はまったくなくなった。

しかし、脱サラして大阪に出張するようになってから、駅弁の旨さを知る。
ただし、ホームの駅弁ではダメで、一度改札を出て買いに行かねばならない。
約10分の乗り換えを使って、とにかく走る。そして、人を蹴散らす。一瞬で買う弁当を決め、そそくさと会計をし、特急に飛び乗る。
数年前に、駅ビルの改修があったときはまいった。目的の店がいつもの場所にない。もう、世界が終わると思ったね・・。
そんなわけで、私の金沢は、弁当の旨いところとなった。

弁当旨い街、金沢の発見から23年。
今回、やっと金沢を堪能した。
その間に2度ほど訪れているけれど、一度は金のない頃で、もう一回は小さな子どもを3人連れて郊外のプールで遊んだだけ。

それが、金沢の方から「1時間で来れるわよ。来てよね!」って微笑んでくれたのだからタマラナイ。
だから、年に4回は行こう!と決めたね。
だんだん年を取ってくると、遠くにいくのが億劫になると思われるので、有効な発見だった・・ととても思う。

2017/01
10
火曜日

[TAROの日記]

街が壊れていく・・

久しぶりに地元でお客様周りをやっている。
中には20年ぶりに行くようなところもあって、何もかもが懐かしい。

普段、地元を車で走ることはほとんどない。
月の半分もいないうえに、いても家と事務所の往復だけだから、自然に地元のことは疎くなる。

だから、久しぶりに車でいろいろ廻っていると、その景色の変換に驚く。
新しい道はできているし、1990年代にオープン時だけ一世を風靡したパワーセンターは廃墟に近くなっている。
建物もなくなっていたり、新しくできたり・・・・・。

ただ大きな印象は、「センスの悪い経営者たちに街が破壊されている・・」という気分。
デザインがビジネスの要諦になって久しいが、私のいるような地方都市では、そんなことはどうでもいい・・というか中途半端というか、やっぱりどうでもいい・・というか・・・。そういうものが溢れている。

デザインのミソの一つに、一生懸命素人考えを推し進めると、普通になっちゃう・・というものがあるが、その「普通になっちゃう」にさえ到達していないのだから、恐ろしい。

すでに、ビジネスは普通の人がはじめる・・というような領域にはないわけだが、それを如実に表しているのが街の景色と言っていいだろう。

いずれにしても、あらゆるモノが壊れていく。
いろいろ適当に作ってきてしまった代物は、本来は保全されるべきであった調整区域にも侵入。そして、後は壊れていくだけ。そういう状況に溢れた街は悲しみをおびて私の目に映る。

さて、でも、そういう間にあるということは、実は面白い状況にある・・とも言えるかも?
まー、この"田舎"には無理だと思うが・・。きっと、新しくできた新幹線の駅前もどんどん景色が壊れていくのだと思う。

2017/01
05
木曜日

[苦しめTAROお仕事LIVE]

メールが溜まっている

メールを溜めたことなど過去にはなかったけれど、現在、メールが溜まっている。

どうでもいいメールは、「はい」とか「OK」でいい。
部下からのメールのほとんども「はい」「OK」でいい。

ところが、少しメンドーなものは、当然のことだけど、考えて返信しなくてはならない。
そういうメールは普通滅多にない。
せいぜい部下が言ってくるい事で、30回に1回くらい、「んーー、どうなの?」というのがあるくらいである。
また、そういう部下のメールは、こっちの脳みそを稼働させる"きっかけ"にもなっていて、いわゆる仕事の流れみたいなものである。

そして、まー、そんなルーチンなメールのやり取りで日々は過ぎる。
以上終わり・・である。
日常的風景を超えくるメールは、1年に一本。いやいや2年に1本くらいだろう。
それが、数本、連続で来たというのがコトの真相・・というと大げさだが、現在の状況である。

このブログを書く程度の気楽さで、あーでもない、こーでもない・・と書けるものならいいけれど、目の前の仕事の山にも追われつつ、昨年からそのままになっている。

さて、いつ返信できるのか?
できたら、今日せねばなるまいな・・・・・。

今年って、どうなっちゃんだろう・・って予感の景色は、こういうところに垣間見られたりする。

2017/01
04
水曜日

[苦しめTAROお仕事LIVE]

雪が降らぬことと祈りつつ、また新年・・

あけましておめでとうございます。・・と書いてはじめねばならぬ慣習に少し辟易しつつ・・・・、
あれ?
でも、「あけましておめでとうございます」という言葉を今年はまだ口にしていなかった・・ということに気づいた。
「昨年もお世話になりました」系は言ってたけど、「「あけましておめでとうございます」は言ってないな・・。
潜在的に、おめでたくはないことが意識されているのかも・・?

だいたい、私はこの日(いわゆる、仕事始め)が来るのを恐れていた。
今年ほど、土日が重なったことを恨めしく思ったこともない。
ほぼほぼ、ゆっくりもできぬまま、休みは終わり。
後は、山のような仕事のノルマをこなすだけ・・・・・・。

暮に、大きな意思決定をした。
その後始末で今月はさらに忙しい。
そして、そのために、いろいろと出かけなくてはならないので、雪は降ってほしくない。
もう、祈るしかないけれど、雪だけはご勘弁である。

さて、洗面器にはなみなみと水が入っているようなので、顔を入れますか・・。
潜水~。

2016/12
29
木曜日

[苦しめTAROお仕事LIVE]

年末のまとめ③みたいな文書だ・・。当然、明日は続かない。

本日は、恒例、『年末放談』
そして、1月3日までお休みだ。

『年末放談』はいつからはじめたのか忘れた。
今考えると、妙なことをはじめたものである。
どうして、こんなのことをはじめたのかは、まったく記憶にない。
最初は、セカンドライフのバーチャル空間でやっていたらか、単にバーチャル空間で遊びたかったからかもしれない(おそらく、そうだろう)。

今年は、昨年までの『ニコニコ動画』から『youtube』に移動。
ニコニコのように画面に言葉が流れないのは寂しいけれど、チャット機能はあるあるらしいので、ご自由にご利用下さい。

そういうわけで、大した理由もなくはじめた『年末放談』だが、スタッフが準備をはじめると、事務所全体に年末らしい空気が急に流れはじめる。
そして、適当とはいうものの、開始数分前には、緊張感が走る。

はじまってみると、あっという間。
いつも時間オーバを謝り、最後に、「今年もありがとうございました・・」と画面の向こうのみなさまにご挨拶をする。
そして、なんとも言えない感謝の気持ちがこみ上げてくる。

そういうわけで、いつのまにか大事な儀式になっていたりする。

世の中には、物語論を滔々と語る人たちがいる。
気持ちはわかる。人は、物語に弱い。
いやいや、言い方を変えよう。弱い人間は物語が好きだ。だから、物語の利用は有効だ(強い人間なんていないからね・・)

私は物語が嫌いだ。
これも言い方を変えよう。私は物語に用心している。
だから、物語を語る人を信用しない。
私にとって、世界は詐欺師だらけ・・ということになる。

儀式は好きだ。とても信用している。
儀式の中にも物語は発見できる。儀式から物語を語ることも可能だ。
しかし、その物語は、脱物語の装置である。

ところで、昨日、歴史を刻むことについて書いた。
歴史は物語ではないのか・・?という疑問が浮かぶ。
もちろん、歴史は語れば物語だ。ただし、短編小説(エッセイに近い)の集まり。
学者は、歴史を大きな物語として語ろうとするが、それは病のように思える。弱い人間が物語を好むことに通じる不安の裏返しを感じる。

私たちにできることは、短編小説と脱物語。
壮大な物語など幻想である。
そして、私がもっとも拒否したいものはそこにある。

冒険して、歴史を刻んで、脱物語する・・。
そんなホップ・ステップ・ジャンプを来年以降もやれたらいいと思う。

みなさま、今年も大変お世話になりました。
個人ごとですが、年を重ねれば重ねるほどに、何もかもが面白くなってきています。
そして、55歳になった今、さらに面白くなりそうな状況に歓喜しつつ、それに反して時間の経過の速さに嘆き、身体の衰えに天を仰いでいます。まー、世の中、ままならないものです。きっと、それでいい。だから、さらに面白いのだと思います。
来年もよろしくお願いいたします。

2016/12
28
水曜日

[苦しめTAROお仕事LIVE]

年末のまとめ②みたいな文書だ・・。明日も続くのか?

昨日は、今年最後の『まーけ塾』だった。

『まーけ塾』も16年。
時期によって参加者(って言うか、どちらかと言うと"メンバー"という表現の方が正しい)は微妙に変わってきたけれど、16年前からのメンバーも今でもいる。まー、長くなった。
最近は、東京、名古屋、北海道、、長野、新潟、地元の人たちで定着している感じだ。そして、この1年は参加者が多かった。新幹線が開通したせいもあるだろうけど、北海道から毎月来るような人も現れて、それなりの空気の変換が起きたのかもしれない。

逆に、過去には、開始時間までだれも来ない・・とか、参加者一人なんて時もあった。
開始時間までに誰も来なかった時は、これ幸い・・と帰ろうとしたけれど、一人現れて、仕方がないので決行。終わりの頃にはそれなりの数になっていた。

参加者一人の時は面白かった。一人しかいないから自ずと世間話的に進む(いつもそうだけど、それ以上に・・)。そして、その一人の人が居場所がなさそうで困った顔をしているのが面白くて、調子がどんどん出てきたのを覚えている。残念ながら、この時も、終わり頃にはそれなりの人数になっていて、普通のペースに戻ってしまったけれど、あのまま一人相手にやってたら、面白かったと思う。

こんな思い出話を書いているとキリがないなー。
なにせ、面白い話はいっぱいある。それをネタにしても一日やれると思う。
そういう意味では、ここにも小さな歴史がある。

いろんなことが、ボチボチとダラダラと続いている。
私の場合、はじめたもののほとんどが、そのまま恒例化していく。その恒例が積み重なっていくうちに、超多忙な人になってしまったのかもしれない。
でも、それぞれの"恒例"は時間とともに歴史を積み上げていく。
最近、そこが面白いと思えてきた。当初は気づかなかった効果だ。

ところで、歴史ってなんだろうか?
私一人の過去の人生は歴史とは言わない。
二人集まると、微妙だ。ちょっと歴史と呼べるかもしれないがどうなのか・・。
そして、通常、歴史という言葉を使うのは、ある程度の集団からだろう。

歴史は一人では刻めない。
んーー、本当にありがたいことだ。
この感謝の気持ちはどう表現したらいいのやら・・・・・・・・。
おそらく、表現方法はないな。

歴史って言葉にもう少し意識的になろうと思った。
歴史って、歩んだ道とかではなくて、共闘であり共感なのだから。

2016/12
27
火曜日

[苦しめTAROお仕事LIVE]

年末のまとめ①みたいな文書だ・・。明日も続くのか?

いやはや・・・・・・・、仕事にも嵐っていうのがあるようだ。てんてこ舞いである。
この「てんてこ舞い」って日本語は初めて字で書いたかもしれない(それなのに、言葉として知っているのがいつも謎)。
でぇ、そういう時は、面白いくらいに仕事の邪魔も入るようになっていて、我ながら笑うしかなかったりもする。

・・とは言っても年末。
誰だって忙しいはず。
そんなことを書き連ねても意味はない(でも、一言書かないと筆がはじまらないんだよなー)。

忙しすぎると言うのに、さらに今年は忘年会のような飲み会が多い。
忘年会みたいなものは避けて通っている私としては珍しい年末だ。

先週、麻布十番の和食に行った(例のミシュラン2つ星の和食ではない。あそこは酷すぎるので2度と行かない)。
店に入ると、サービスの人たちが全員おじさん。
すぐに、某マンガを思い出してしまった。
そして、落ち着いた雰囲気に、安心感が持てた・・。

が、このオヤジたち、恐ろしく仕事ができない連中だった。
・・というか、ダンディーなおじさん達なので、期待が上がってしまうからだろう、粗が目立つのだ。
人の動きを読めないオヤジに、ムッとしたりもしたが、これが若いおねーちゃんなら、できなくて当たり前。できたら感動である。

しかしだよ。60歳過ぎても、人の動きが読めないってのはどうなんだろう?
そんなに難しいことではないはずだ。

このオヤジたちを見ていて、一挙手一投足がその人の歴史なんだなーと思った。
このオヤジたちがどこでどんな仕事をしてきたのかはわからない。意外にも一部上場企業の可能性もある(案外、できない人多いからね)けれど、それなりのことしかしないで年を取ったのは間違いなだろう。

でぇ、私。
当然、私の一挙手一投足にも私の歴史が畳み込まれている。
そういう視点で自分の動きを見ると、結構面白い。

そして、
「自分は、何を拒否して、歩いてきたのか?」
そういう質問がすぐに浮かんだ。

実は、何を拒否してきたかは、自分でわかっている。
もちろん拒否だけで人生を歩めるわけはない。
私は、拒否権を大きく発動しつつ、触覚が伸びる方へ伸びる方へと動いてきた。

では、触覚は、どこに向かって伸びたのだろうか?
それは窓から見えた一つの景色。
その景色に向かって歩いてきた。
そして、これからもそうなんだろう。

ちなみに、その景色。
とても平凡だ。
しかし、子供の私にはあこがれであり夢だった。
大した高さはない。
それほどの冒険もいらない。
しかし、やり方によっては、冒険で、そのやり口が好きで、誰もそんなこと考えないと思うから、楽しかった・・。

さて、後3日である。
あの景色は、とっくに自分のものになっているはずだけど、人の欲は深い。
生きることそのものが欲になっているから始末が悪い。
でも、それが人生なんだなーと思う。
だから、今年もギリギリまで絞り込むもんね。
来年は、新年から大突貫が待ってるからなー。ふーーーーー。

2016/12
12
月曜日

[TAROの日記]

情報リテラシー

DeNAが運営するキュレーションサイトが問題になっている。

・・・ってなことはどうでもいいが、そのことをとうとうと批判するテレビと雑誌が気に食わない。
「おまえらだって、同じ穴のムジナだろー」って、きっと誰もが思っているだろう。
「これを機に・・」と自己反省するメディアってあるのかもしれないが、まーちょっと考えづらい。

そういうわけで、メディアもインターネットもどうでもいい。
問題は、こちら側の情報リテラシーと理解したい。

最近のウソだらけ、そしてマスコミの勝手推測は毒のレベルだ。
ワタミを代表とするいつくかの企業がマスコミの過剰反応に、何もかもが悪とされて業績を落としていった(ウソと悪意の推測)。
ディランは、マスコミ嫌いゆえに、ずいぶん勝手な推測をされた。
甘々の理想主義は、いつも時代の寵児のように扱われ、
底の浅いノウハウが、救いの手のように報道され、
正論は、めんどくさいのでテレビなどからドンドン消える・・。

でぇ、こっちは、毒を吸わないようにしなくてはならない。
毒を吸わないようにする基本的な対価は、金と時間だ。
情報がこちらの閾値を超えて増えている時代の皮肉だな・・・。

金と時間を使うことを決めてしまえば、毒はリトマス試験紙にかかり、あっさりと消えていく。
それは無駄といえば無駄だが、あらゆることが時間短縮になっている昨今、その分、別のところに時間を使うようになっているということだろう。
お金も同じ。私たちはネット上の無料サービスを当たり前のように使っている。その分、どこかでお金は出ていくことになっているのだ。

でぇ、金と時間はかかる。
そういう時代だ。
しかし、そこがわかっていれば、なかなか便利な時代だと思う。

2016/12
09
金曜日

[TAROの日記]

12日

なんとなく、のんびりと、やめそうになりながらも、『ポケモンGO』が続いている。
コンプリート癖が強いので、こういうのはハマる質ではあるけれど、一生懸命はやっていない。

それでも、止めようかと思うと、アメリカでケンタウロスをゲットとか、コイキングが集まりだして、ギャラドスをゲット・・とか、軍艦島でライチュウをゲット・・というような少し興奮することが時々あって今日まで続いている。

目標は時々変わる。
最近は、瀕死の重傷を負うポケモンたちを直したくてクスリのゲットが優先(田舎では、それも簡単に手に入らない上に、こっちが欲しいと思うと玉ばかりが手に入る)。
その前はハイパーボールを200個以上所持すること(アホでしょ。今260個所有)。
その前は・・・という感じで、あまり、ポケモンそのものを集めようとしていない。

そんなノラリクラリをしていたら、12日に新しいポケモンが投入されるという。
まだ、149匹中114匹しか捕まえていないのに・・・・。

ここんところ、田舎でもやたらとポケモンがゲットしやすくなったので、予想はしていたけど、早々に来てしまった感じ。
これにて溺れて、脱落・・・となる可能性は高い。
娘達なんてとっくにやめてるし、続けているこっちの方がおかしいのだ。

とりあえずは、コインを500手に入れるまでは続けると思う。
しあわせタマゴのセットを手に入れたいのだ。

あれ?
そんなもの手に入れたら、さらに続けちゃうじゃないかよ・・。

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