岡本 吏郎

岡本 吏郎(おかもと しろう)

経営コンサルタント、税理士。
1961年・新潟県生まれ。明治大学卒業後、10年間の金融機関勤務を経て独立。現在、戦略的財務から経営戦略、マーケティング、債務対策まで幅広く指導する経営コンサルタントとして活躍中。株式会社ビジネスサポートあうん代表取締役。

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税理士でもありコンサルタントでもある岡本吏郎のベストセラー。戦略・マーケティング・税務を斬る!

2016/06
29
水曜日

[TAROの日記]

次に書くのは、25日か26日か・・・・・・。

明日からでかける。
ふらっとヨーロッパ方面に飛ぶつもりだ。
それを言うと、危なくないですか?という声多数だけど、そりゃわからない。
ただ、そういう心配をしてくれている人が思うほど危険ではない。だいたい人は住んでいるのだ。

でぇ帰ってきても、そのまま家に帰らず仕事。
そして、法事で一旦帰るけど、そのまま仕事に戻り、フジロックに突入するので、次にこのブログを書けるのは25日か26日になるだろう・・。

なんと一ヶ月も書かないなんて、初めてのことだと思う。

・・ってことで、家には全然いないとわかっているのに、三日前からピアノを弾いている。
ゴンザレスのピアノが突然頭のなかで鳴りだして、唐突的に弾きたくなった。

昔、仕事をはじめたばかりの頃、とにかく暇だった。
そして、お昼になると自宅に帰り、お昼ごはんのついでにピアノを弾いていた。
数ヶ月の練習で、サティーはいろいろ弾けるようになったが、モンクは24小節くらいで止まった。
それでも、モンクはかっこいいし、24小節も暗譜すれば適当にコード遊びもできるので、それを種に時々弾いて自己満足していた。

でも、みんな忘れてしまった。
サティーだってジムノペティの頭12小節くらいしか思い出せない。
そして、これから約一ヶ月の旅で、僕は、ゴンザレスを忘れる。折角弾き始めたのにおしいことだけど、覚えているわけがない。

ついでに、英語も忘れる。
・・というか、英語は覚えられない。
おそろしいくらいに、ドンドン忘れていくので、どうしたらいいか・・と途方に暮れているが、まー、それでもやるしかないわけで、人間はムダを続けながら、何かがちょっとモノになる生き物なんだなーと思っている。

明日からの旅のこともすぐ忘れる。
仕事のことも遊びのこともみんな忘れる。
思い出というのは、カスでありデッチ上げだ。

でも、デッチ上げこそがアイデンティティーだ。
それは、ギリシア人や中国人を例に出すまでもない。
どうせ、私達日本人だってデッチ上げだ。

それでも、私たちは旅をし、仕事をする。
欲望を広げるためだ。
欲望を満たすためではない。もっと欲望を大きくするために、旅をし、仕事をする。
実に前向きな作業で、写真なんて撮っている暇はないのだ。

・・・ってことで、私は旅で写真をほとんど撮らない。
撮らない旅がよろしい・・と思っている。
そして、忘れる。
でも、欲望は残る。

2016/06
28
火曜日

[TAROの日記]

本日は、まとまらない文章になったなーと自分でも感心(反省)!!

昨日は、イギリスのEU離脱についていろいろ聞かれる一日だった。
ボクのような素人に、聞いても仕方ないでしょ!とは思うけど、まー、人は話題にしたいことがあれば相手は誰でもいいのだと思う。

みんなの予想を裏切って大衆の過剰反応が一つの道をつけた。そういう点で今回のイギリスの投票結果と1933年のドイツの景色は似ているのかもしれない。
そして、デモクラシーの限界をみんなで眺めた・・ということで、ついにこの時が来たんだな~と思えたりもする。

今の朝ドラでは、「あなた、派手なカッコはしてはいけないわ!」とか「女が道の真中を歩くんじゃない!」と言っている戦時中のおじさん、おばさんが時々登場しているが、アレなんかは今ではモンスタペアレントだったり、ネット上の炎上やる人だったりするのだと思うが、まー、危機的状況では民主主義はいつも危いものなのだと思う。

先週、イギリスの結果を見た後に、イギリス人のおばちゃんと話す機会があった。
投票の結果に落胆しているおばちゃんは、「あなたは、この結果をどう思う?」と聞いてきたので、「僕は、結果そのものには興味はない。人間の世界にはいろんな風が吹く。でも、民主主義の限界・・・というか、担い手の集団性の限界には興味がある・・」みたいなことを一応英語で言ったのだけど、おそらく通じていないと思う。
だって、民主主義がデモクラシーだっってことを突然忘れてしまって(英語では、単語のど忘れがよく起こる)、仕方がないので、カレント・ポリティカル・システムって言ったから、まー、真意は伝わらないだろう。

ある程度、生活に恵まれている現在、担い手は馬鹿にならざるを得ない。
不満なんてものは際限がないものだけど、知識、良識の方は、恐ろしいくらいに際限が小さくなるものなのだ。
だから、どうせい・・ということは、ここまで来てしまえば、どうにもならないわけで、アーメンとしか言い様がない。
なるほど、アーメンという言葉は、こういう時にあるのね・・とキリスト教徒に怒られそうなことを思ってみたりもする。

でぇ、アーメンの分岐点はどっちにころぶか、それとも戻るか?
人間の力って、ここからいろいろ試されるのだなーと思う。
さて、どれくらいの人が生き残っているのか?そこが注目点だね・・。

2016/06
27
月曜日

[TAROの日記]

もうちょっとでお休みだ・・。

『VIPミーティング』を終え、今年前半の山場が終わった。
正直、もうヘトヘトである・・・・・・・。

でぇ、フジロックも近いので少しお休みすることにした(フジロックは大量に体力を使う一年のメインイベントで、お休みではない)。
もう少し働いて7月1日から日本を脱出する。
ユーロ圏に行くので、一旅行者としては、今回の事件はちょっと有利に働くのがうれしい。少し贅沢ができそうである。

コツコツと自らをロボットのように働かせるのは大事な生きる方法だが、そのロボットに別の刺激を与えることはさらに重要だ。
それで、何かがアンイストールされて、新たなものがインストールされる場合がある。

今回の旅のテーマは、アイデンティティーだと思っている。
アイデンティティーのないものが、どうやってアイデンティティーをでっち上げるか、結局、アイデンティティーとは何なのか?なんてことを考えながら、1800年代の人々が思考した領土欲を見つめてきたいと思う。

私は、そろそろ今のアイデンティティーをアンイストールして、新たなものをインストールしたい気分だが、そんな強引なことをしなくても人は自然に変わる。
しかし、昔の人々が拠り所を求めたように、拠り所を発見できたら、それはそれで面白いとも思う。
拠り所なんてどこにもないことも、昔の人びとの来た道を見ているので承知はしているが、触媒ってのは有効なのだ。

てっことで、新たな欲望、そして業の発見に行ってまいります。・・・・と言っても3日後。

2016/06
10
金曜日

[TAROの日記]

純度2

伸びしろを感じる人と感じない人がいる。

しかし、その直感は正しいとは限らなくて、「伸びしろはそれほどないなー」って思っている人が案外伸びしろがあったりする。
同様に、「伸びしろがありそうだ」と思っている人が、意外にも全然ないということもある(こっちの方は大変多い)。

伸びしろの印象って何で決まるのか?これは実に不思議だが、いずれにしも直感なんていい加減なのだ。

ところで、直感の伸びしろはいい加減だが、どういう人が伸びしろがあるかは実に明解だ。
ここでは、その明解の内容は面倒くさいので書かないが(ここでは書いても意味が無い)、この明解が人を2つに分けていて、それはギリシア時代の市民と奴隷ほどの差があるのだと思う。

私は、普段、人嫌いなどと言っているが、本当は人が好きである。
ただし、私が好きなのは、伸びしろのある人であって、それ以外の人には申し訳ないけどまったく興味がない・・というだけである。

最近、とても伸びしろを感じる人に出会った。
私よりも20歳以上若いと思うが、私は彼を尊敬する。
いろいろ性格的には問題も多いかもしれないけれど、そんなことはどうでもいい。前に進む意思の純度が高いということはそれだけで価値である。

これから純度は価値になる。
でも、純度の高いものは少なくなっている。蜷川さんも死んじゃったしな~。

昨日のパティー・スミスのギンズバーグの朗読はかなり良かったらしい。
不覚にもライブの方を選んでしまったが(その選択肢しかなかったので仕方ないけど)、凄く純度の高いものが見れたんだろうな・・と思うとかなり悔しい。

2016/06
08
水曜日

[TAROの日記]

純度

身体を壊しているというのに、仕事の段取りをテキパキやって、東京行き10時32分発の新幹線に飛び乗る。
目的は、パティ・スミスのライブである。

彼女は、当初、詩の朗読での来日だった。
ライブをやる情報はなく、んーーー!とうなっていたのだけど、大阪でのみライブが決定。再び天を仰ぐのだった。

しかし、その後関係者がいろいろ這いずりまわったのかどうかわからないけど、東京でのライブも決まった。
そして、昨日は休みをとって、日帰りで東京に行くことになった。
昼の公演もあったからで、昼公演がなかったら、諦めるしかなかったのでラッキーである。

小さい箱のパティ・スミスはよかった。
アコースティック・セットでの演奏は彼女の本質をより表現してくれたと思う。
そして、彼女の歌が、案外、初期の日本のフォークと通じることを発見した。
よーーく考えれば、初期の日本のフォークの純度の高さは、世界の一流ミュージシャンと同じかそれ以上のものがあった。

日本のフォークとかロックという音楽が純度を失い、スタイルだけの踏襲とヤンキー化がはじまる直前。パティ・スミスは突如ニューヨークから現れた。今、考えると彼女の登場はとてもタイミングがよかったのだと思う。

素晴らしいライブだった。
存在感について改めて考えた。
人は、決して単なる現象ではない・・・とも思った。
やっぱり生きているのである。

ところで、昨日の昼のライブは、一人できている好き者が多かった。
それも、結構な数の女性が一人できていた。
観客の純度も昨日は高かったのだ。

今日は朝から、パティ・スミスの初期の曲を数曲コピーして歌ってしまった。
これは、バンドでやりたいな・・。
うちの女性ボーカルにはピッタシだと思う。

2016/06
06
月曜日

[TAROの日記]

休憩

またまた、身体を壊す。風邪でもないようで、疲れだろう。

んーーーーー、いつも同じようなことを書いているな~。
出張の連続で鬼のように忙しい・・。
そして、身体を壊す。
治って、再び仕事三昧。
合間にギターと海外。
その他、いろいろ趣味。
最近、英語。

これが私の全人生ではないか!!!!!!!

この人生、嫌いではない。
結構、ワガママに好きなものを集めて楽しんでいると思う。
そして、その濃度も濃い。

今の形がいつできたのかは不明だが、いい塩梅だと思っている。
もっと仕事ばかりの時代もあったが、今の方が仕事量は多い。処理能力が3~5倍くらいになったので、遊んだり病気したりできるようになった。

病気は、ある面でバッファだ。
壊さないといつになっても休まないから強引にやってくる。
それは、考えてみるとありがたいことでもある。
ずっと何もなくて突然死ぬのは嫌だからな~。

それにしても、ここ数日、疲れはピークだった。
移動では死んだように寝ていたし、映画を見ても寝ていた。
そのくせ朝は早く目が覚めるから、疲れはいつになっても取れない。

東京から帰ったばかりだが、明日は、パティ・スミスのためだけに再び東京へ行き、トンボ返りをする。
凄く忙しいというのに、こんなことしているからさらに時間はない。
そして、疲れて再び風邪をひくのかな?

『VIPミーティング』も近くなってしまったな~

2016/05
30
月曜日

[苦しめTAROお仕事LIVE]

急遽、帰還

昨日の午後、突然帰ることにした。
そして、今、新潟にいる。
明日の朝には再び東京に行かねばならないが、一日でも帰ってくると疲れが取れる。

風邪もひいた。
これも疲れが溜まっているところに、急に気温が下がったからだろう。
さらに、昨日の新幹線は冷房が強かったので、悪化した。

ここ数年の忙しさのせいで、分刻みが普通になっている私の日程は、昨日の突然の変更のために、これから大きな再調整をしなくてはならない。あー、あー、それをやるだけでも大変だー。
少しの変更ではびくともしない日程じゃないと、ダメだよなー。

つまり、余裕がなさすぎるのであーーーる。
さてさて、何を整理するべきか、んーーー、考えちゃうね・・。

2016/05
20
金曜日

[TAROの日記]

休んで仕事

昨日は、午後から休みを取って仕事をした。
変な日本語だけど、私は時々休暇を取って仕事をする。

これがとても具合がいい。
仕事の自由度が増すのだ。

しかし、そんなことは土日に仕事をやっても同じだろーという意見をあると思うけれど、これが実に違うのだ。
何が違うのかは一言では言えないのだけれど、やっぱり土日は土日なのだ。
どこかに仕事をしている罪意識がある。

それに対して休暇を取ると、「おまえは何をしてもいいのだー」という気分になる。
そして、やっぱり仕事をするのだけど、私は「おまえは何をしてもいいのだー」の気分で仕事ができるからいろいろと広がる。

昨日は、大量のお片づけに時間を使うつもりで休みを取ったけれど、たまっている仕事が片付くだけではなく、さらに新しいアイデアも手に入った。そして、かなりご機嫌な気分で風呂に入り酒を飲み、ギターも弾いた。

ただ事務所で机に向かっていると、お片づけだけで終わるところが、休暇を取って仕事をすると大きな収穫があるのである。

そして、本日はその余韻で突っ走れそうだ・・と思っていたら、本日は『まーけ塾』。来客もあったか・・・。んーー、やっぱり、仕事は休暇がいい。

2016/05
19
木曜日

[TAROの日記]

仕事VS身体

昨日の午後くらいから左肩が重い。
鬼のような仕事量をこなしているからだと思われる。この痛みは数日続きそうだ。

身体の反応は、敏感だ。
少しでも緊張感や過剰な労働があると症状で現れる。
これは、50歳を過ぎた私には、ありがたい反応でもあり、健康の秘訣になっていると思う。

よく考えてみると、若い頃は肩の痛み重さは慢性だった。
年がら年中違和感があって、それが当たり前になっていた。
40歳代前半などは、今考えるとよく生きていたと思う。

あの頃よりも、今の方が仕事量は間違いなく多い。おそらく倍どころではないだろう。
しかし、今は慢性的な疲れや痛みはない。
ここ数年のメンテナンスが確実に効いてきたのだと思われる。

仕事と身体もトレードオフの問題だ。
若い頃はこのトレードオフ問題について身体を無視する手を使ってきたが、今はそれができないのでこのトレードオフ問題を真正面から解決するしか方法がない。

そう悟って早や8年。
トレードオフ問題は増えていくばかりだけれど、仕事VS身体が一つの嚆矢になって、他の問題の解決にも役立っているように思える。
ここ数年私がやって来たことは、結局、そういうことに尽きるのだ。パーツを解体し、それぞれのトレードオフ関係を視覚化し、満足数値を定めて優先化。後は、フラフラと実行。

しかし、この効果は大きかったと思う。
そして、この方法を死ぬまで続けていくのだと思っている。
トレードオフの認知は宝の山である。
そして、

2016/05
18
水曜日

[TAROの日記]

プリンス~冨田勲~蜷川幸雄

んーーーーー、今年は1月のデヴィッド・ボーイからはじまって悲しい知らせが連続だ。
まー、プリンス以外は年齢的にもそういう時期に入ったからで仕方がないとは思う。

キース・エマーソンまでは、このブログでも追悼してきたが、プリンスあたりからは追悼している間もなく、続報が届く。

昨日、ある人から「蜷川幸雄のいない世界で、代わりはいるか?」と聞かれたので、当然「いない」と答えた。
晩年になっても"初期衝動"を芝居の中に畳込み続けた人はないなと思う。
彼は唯一無二である。

同時に、戦略家でもあった。
テレビでは、「蜷川幸雄は、演出家の名前で人を集めた」と紹介しているが、あんなの嘘だと思う。または、自分が「蜷川」という名前で芝居を見ているので、みんながそうだと勘違いしている。または、実は見たことがない・・のどれかだ。

行ってみればわかる。
あの場には、ジャニーズなどの若い役者目的のおばさんたちがいつもたくさんいて、休憩時間に、「なんか、ぜんぜんわかんないね」と言っている。
そのシーンは、休憩時の"おなじみ"だ。一体いつから、そういうシーンが常態化したかはわからないが、もう15年以上そんな感じだと思う。

ヨーロッパなどと違い。
日本では市場は育っていない。
そういう仕組もない。
それは芝居に限らず、音楽でも映画でもそうだ。
正直、大衆のレベルはとても低い。
そんな土壌で、ちゃんとした芝居をやるのに、いちいち市場を育てていては間に合わない。
そこで、若い役者をセットにする。これで大衆を呼び「わからない」と言わせながらも、その熱量を経験させ、癖にさせる。
そして、その型は花開いた。
おそらく、音楽や映画よりも健康的な状態にあると思う。

大衆を騙しつつ、虜にする。そこに理屈はいらない。
それを熱量だけで勝負する。
数々の名演出が頭をよぎる。
どれが一番だったか?

私はアレとアレとアレだ。
そして、アレも入れたくて、アレも捨てがたい。

・・・あ、冨田勲やプリンスののこととか書けなかった。どうしても直近の事件に気持ちは片寄るなー。

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